麗しの狂者たち【改稿版】
それから、再び長い時間電車に揺られながら、徐々に景色が都心部へと近付くにつれ、溜息が自然と漏れ出てしまう。
昨日の電車では開放感と期待感で満ち溢れていたのに、今はその真逆で。
このまま彼に我儘を言ってもう一晩泊めさせてもらおうかと、何度言いそうになったことか。
けど、終始八神君は私の手を握ってくれて、そんな凛とした彼の横顔を見ていたら、いつしか逃げ出したいという気持ちは薄れていった。
「それじゃあ、八神君。本当にありがとう。また会える時に連絡するからちゃんと返信してよ」
そして、八神君の家の前まで到着すると、私はそのまま部屋には上がらず、ここで別れを告げる。
「分かってるよ。あと、あんまり無理すんな。逃げ出したければ、いつでもまた俺の所に来ればいいから」
それは、どんな言葉よりも私を勇気付けてくれて。
逃げる場所があるという安心感に胸が熱くなり、別れが惜しくなった私は無意識に手を伸ばした瞬間。
八神君は咄嗟にその手を掴み引き寄せると、優しく私の唇を奪っていく。
「それじゃあ、またな」
そこから軽めのキスを交わした後、笑顔で私を見送る八神君に私も満面の笑みで手を振って応えると、覚悟を決めて来た道を引き返した。