ベッド―令和で恋する昭和女―
 青年がパートタイム募集のチラシを取り出したので、私は驚いた。
 この時代にこんな若い人が新聞の折り込み広告のチラシでパートタイムに応募してくるとは思っていなかったからだ。

 事前に店長から新聞の折り込み広告のチラシでパートタイム募集の広告を打つ話は聞いていた。
 聞いて、仮に応募があっとしたら申し込む人は40代くらいの女性と思っていた。
 若い人は新聞なんて読んでいないから、折り込み広告なぞ目にする機会ないと考えていた。

 私の勝手な憶測だ。

 私の驚きを察してか、青年は残念そうな顔をした。
「やはり男では駄目でしょうか」
「駄目ではない、むしろ歓迎である」
 と言おうとした瞬間、私は口を閉ざした。
 採用権は店長にあり、私が判断するべきことではない。

 私は淡々と事実を述べることにした。
「まずは店長と面談をしてもらいます。その際、履歴書と身分証をご持参下さい」
「店長さんとはいつ面談できますか?」
 私は店長のスケジュールを頭に浮かべる。
「今は店長が不在ですが、明日ならばいつでも大丈夫です。そちら様のご都合が良ければ、ですが」
「自分はいつでも構いません」
「では、店長が戻り次第、報告します。お名前と電話番号を伺ってもよろしいでしょうか」

 青年は背筋を伸ばした。
「かのう ゆうすけ、と申し上げます。漢字の『加える』の『加』と『大納言』の『納』で『加納(かのう)』です。こちらも漢字の『雌雄』の『雄』と『介護』の『介』で『雄介(ゆうすけ)』と読ませます」

 私は手元にあったメモ用紙にペンで文字を走らせながら、ドラマの中で刑事(デカ)たちが容疑者の氏名を共有する場面を思い出していた。

 私は思った。
(どことなく不思議な青年だな)

 次に、青年はスマホの番号を私に伝えた。
 私はメモ用紙に書き込んだ
「加納雄介様 (かのう ゆうすけ) 」
 という文字のすぐ下に11桁の番号を記した。

 荒っぽく筆圧の高い自分の文字を確認すると、私は改めて青年を見た。
「では店長が戻り次第、お電話させてもらいますので詳細は店長からお聞き下さい」
 急に青年が深々と頭を下げた。
「よろしくお願い致します」

 青年が頭を上げ時、青年と私の視線が宙で交差した。
 その瞬間、私は(すく)んだ。
 
 青年の瞳があまりにも綺麗だったからだ。

 私の頭に単純な感想が浮かぶ。

(こんな綺麗な目をした人、初めて見る)

 馬鹿みたいだが、そう思ったのだから仕方がなかった。
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