ネイビーブルーの恋~1/fゆらぎ~
第19話 我慢 ─side 勝平─
桜のシーズンにバーベキューをするのは、同期のあいだで恒例になっていた。ただ、メンバーが警察ばかりでは話題が限られるので、いつからか友人・知人を誘っても良いことになった──ただし、俺たちが警察だと知っている人に限る、という条件付きでだ。
俺と悠斗は新人の頃から独身寮で暮らしていたが、ようやく二人とも退寮の許可が出た。悠斗は寮に残りたいと言っていたが新人が増えて追い出されたので仕方なく引っ越し、俺が借りた広めのマンションにときどき遊びに来ていた。
悠斗とバーベキューの話題になったとき、あいつは俺に〝莉帆はもう誘ったのか?〟と聞いてきた。
「いや? まだ言ってない。誘おか」
莉帆の元彼は俺が手錠をかけたので、彼女は以前よりは明るくなっていた。それでもまだ気になることがあるのか辛そうな表情をすることもあって、俺と悠斗はときどき遊びに誘っていた。莉帆はいつも来てくれたが、何に悩んでいるのかは全く分からなかった。
「そういえば勝平、莉帆ちゃんから聞いたんやけど……フラれたんやってな?」
「ちょおい、いつ聞いたん?」
「いつやったかなぁ、年明けすぐやったかな」
莉帆が元彼に襲われて俺が助けた日の夜、俺は彼女の部屋で告白に失敗した。俺とは付き合えないわけではなく、他にも気になるやつがいるから諦める時間がほしいと言っていた。
そのうち一人は──間違いなく、いま目の前にいる悠斗だ。
「心配で見に行ったら会社の前で一人やったからご飯行ったんやけど──勝平も俺に、行ってくれ、って言ってたやろ? ──あの日やわ。莉帆ちゃんに、俺と勝平とどっちが良い? って聞いたら」
悠斗はそこで言葉を止めて俺のほうを見た。
「……どっちやったん?」
「決められへん、て。でも俺は──言ったやろ? 莉帆ちゃんのことは好きやけど、付き合うのは無理やと思ってる。あの子が来てくれるなら話は別やけど……。だから勝平のこと推しといた」
莉帆が悠斗と付き合うには障害があることを、莉帆はまだ知らない。莉帆が何に悩んでいるのか分からないが──俺と悠斗で迷っているのか、どちらも選ばないのか、それとも全く関係のないことなのか──、いずれにしても彼女から改めて返事を聞く前に、悠斗のことを話すべきだと思った。
「じゃあ、みんな揃ってから俺が自分で言うわ」
悠斗のことは、俺の他に知ってるやつは少ない。同期たちにはバーベキューのときに伝え、その後で俺は莉帆を一人呼び出すことにした。
「どうする? もし勝平じゃなくて俺を選んだら」
「──っ」
莉帆の選択を否定はしたくないが、考えたくもない。
莉帆は俺のことは好きだと言っていたし、良い返事をするだろうとも言っていた。それでも最近は悩みのせいなのか笑顔が減った気もしていて、俺を選んでもらえるまで安心はできなかった。
バーベキューの日、俺は莉帆を車で迎えに行った。いつもより緊張しているように見えるのは、メンバーの大半が警察だからだろうか。
「そんな緊張せんでも、みんな普通やから」
中には俺よりガタイの良い奴もいるが、莉帆のような普通のOLも来ると聞いている。男女比はおそらく半々なので、話さえ合えば大丈夫なはずだ。
「同期やから、年齢もみんな同じくらいやし」
「警察じゃない人って、どれくらいいるんですか?」
「どうやろなぁ。俺ら同期で七か八で、あとは五人くらいかな」
同期の中では圧倒的に男のほうが多いが、警察ではない知人はほとんどが奴らの彼女だと聞いている。ここ数年はメンバーが変わっていないし、見るからにチャラそうな女の子もいない。もし莉帆が〝警察官との関わり方〟で悩んでいるのなら、彼女たちからアドバイスをもらえるかもしれない。もちろん──俺を選んでもらえない可能性があるのは分かっている。
駐車場に車を停めて聞いていた場所に着くと、既に他のメンバーは集まっていた。バーベキューの用意もしてくれているが、時間が早いのでまだ何も焼いていない。
俺が同期の男たちと話を始めたのと同じ頃、莉帆は女性たちの輪の中に入れてもらっていた。何を話しているのかは聞こえないが、笑っているので打ち解けられたのだろう。
「おまえが女の子連れてくるって初めてよな?」
そんなことを言いに来たのは俺より一つ年上の奴だ。一応は仲良くしているが、たまに上から目線になるので少々引っ掛かる。
「彼女か?」
「いや……まだ友達やな」
俺はそう思っているが、莉帆はどうなのだろうか。仲良くしてくれてはいるが、話すときもLINEでも、まだ敬語は消えない。
「ふぅん。良い子そうやな。また後でいろいろ聞くわ」
そう言って周りの同期たちにも挨拶しながら、奴は女性たちのほうへ声をかけに行った。途中でトングを掴んでいたので、そろそろ肉を焼き始めるらしい。
俺はしばらく莉帆とは話さなかったが、彼女は楽しそうな顔を見せていた。ちゃんと肉も食べているし、女性たちが用意したデザートも分けてもらっている。女同士で何を話しているのか気になるが、それは後で教えてもらえるだろうか。
独身の男が数名いるので狙われないかと心配していたが、莉帆は彼らには靡かなかったらしい。先程の奴も莉帆に話し掛けていたが、奴が距離を詰める度に莉帆は後退りしていた。
「おい、あんまり近寄ったら嫌われるぞ」
「──おっ、来たな、ヒーロー」
「ヒーロー?」
莉帆と奴を離そうとしに行くと、そこにいた全員に注目されてしまった。
「高梨君、聞いたよ、莉帆ちゃんの元彼を捕まえたって」
「あ──それか……」
「同期の中でも正義感強いもんなぁ。さすがやわ。岩倉君も相談に乗ってくれてたっていうし、羨ましいな」
女性たちは口々に、俺と悠斗のことを褒めてくれる。他の同期男性にはイケメンがいないだとか、彼氏がいるけど乗り換えたいだとか。莉帆に言い寄ろうとしていた奴は気まずくなったようで、いつの間にか男たちのほうへ逃げていった。
「ほんまに付き合ってないん?」
「うん……」
「岩倉君のほうが良いとか?」
「それは、その──違うというか──」
「ほら、チャンスやで、高梨君!」
女性たちは俺に煽っているが、俺はまだそんなつもりはなかった。
「俺、一回フラれてるからな」
「ええっ? なんでっ?」
女性たちが莉帆に詰め寄っているのを横目に見ながら悠斗を探すと、彼はメンバーを集合させようとしていた。悠斗が俺に合図をしたので、俺は女性たちを一旦黙らせて悠斗のほうへ行くように言った。
「なに? どうしたん?」
「公開プロポーズやったりして!」
「誰に? 私?」
「それはないわ、あんた彼氏いてるやん」
こんなとき、勝手な妄想を始めてしまうのはだいたい女性だ。と言うと怒られそうだが──、彼女たちが黙るのを待ってから、悠斗は口を開いた。
「あの……みんな集合してもらった割に、同期だけで良いんちゃうか、っていう話なんやけど──、俺、あと一年でこの仕事辞めて、海外行きます」
一瞬しんとなってから、ざわめきが起きた。
「マジか……何しに行くん?」
悠斗がそれを決めたのは、莉帆と出会った旅行の前だった。元々好きだった音楽をちゃんと勉強しようと思ったようで、その前にウィーンへ行ってみたい、と打ち明けられて一緒に行くことにした。そして決心が固まったようで、一年後にはオーストリアへ行くことが決まった。
だから悠斗は、莉帆と付き合うのは無理だと言っていた。
「そんな……」
莉帆は悠斗を見つめて寂しそうな顔をしていた。悠斗が俺のことを推してくれた意味が分かったのだろうか、それとも彼に着いていこうと思ったのだろうか。
「悠斗さん、なんで教えてくれんかったんですか?」
「あ──莉帆ちゃん、ごめん。ほとんど誰にも言ってなかったから……」
「勝平さんは知ってたんですか?」
「うん、知ってた」
「そんなぁ……寂しいです」
ということは莉帆は、悠斗には着いていかず日本に残るということなのだろうか。悲しそうに俯く莉帆に悠斗は笑いかけた。
「また連絡するから、いつでも遊びに来てよ。それまでは──」
悠斗は一瞬、俺のほうを見た。
「勝平で我慢しといて」
我慢とはなんだ、と突っ込みたくなったが、それを我慢した。
莉帆はイエスとは言わなかったが、悠斗に着いていきたいとも言わなかった。
俺と悠斗は新人の頃から独身寮で暮らしていたが、ようやく二人とも退寮の許可が出た。悠斗は寮に残りたいと言っていたが新人が増えて追い出されたので仕方なく引っ越し、俺が借りた広めのマンションにときどき遊びに来ていた。
悠斗とバーベキューの話題になったとき、あいつは俺に〝莉帆はもう誘ったのか?〟と聞いてきた。
「いや? まだ言ってない。誘おか」
莉帆の元彼は俺が手錠をかけたので、彼女は以前よりは明るくなっていた。それでもまだ気になることがあるのか辛そうな表情をすることもあって、俺と悠斗はときどき遊びに誘っていた。莉帆はいつも来てくれたが、何に悩んでいるのかは全く分からなかった。
「そういえば勝平、莉帆ちゃんから聞いたんやけど……フラれたんやってな?」
「ちょおい、いつ聞いたん?」
「いつやったかなぁ、年明けすぐやったかな」
莉帆が元彼に襲われて俺が助けた日の夜、俺は彼女の部屋で告白に失敗した。俺とは付き合えないわけではなく、他にも気になるやつがいるから諦める時間がほしいと言っていた。
そのうち一人は──間違いなく、いま目の前にいる悠斗だ。
「心配で見に行ったら会社の前で一人やったからご飯行ったんやけど──勝平も俺に、行ってくれ、って言ってたやろ? ──あの日やわ。莉帆ちゃんに、俺と勝平とどっちが良い? って聞いたら」
悠斗はそこで言葉を止めて俺のほうを見た。
「……どっちやったん?」
「決められへん、て。でも俺は──言ったやろ? 莉帆ちゃんのことは好きやけど、付き合うのは無理やと思ってる。あの子が来てくれるなら話は別やけど……。だから勝平のこと推しといた」
莉帆が悠斗と付き合うには障害があることを、莉帆はまだ知らない。莉帆が何に悩んでいるのか分からないが──俺と悠斗で迷っているのか、どちらも選ばないのか、それとも全く関係のないことなのか──、いずれにしても彼女から改めて返事を聞く前に、悠斗のことを話すべきだと思った。
「じゃあ、みんな揃ってから俺が自分で言うわ」
悠斗のことは、俺の他に知ってるやつは少ない。同期たちにはバーベキューのときに伝え、その後で俺は莉帆を一人呼び出すことにした。
「どうする? もし勝平じゃなくて俺を選んだら」
「──っ」
莉帆の選択を否定はしたくないが、考えたくもない。
莉帆は俺のことは好きだと言っていたし、良い返事をするだろうとも言っていた。それでも最近は悩みのせいなのか笑顔が減った気もしていて、俺を選んでもらえるまで安心はできなかった。
バーベキューの日、俺は莉帆を車で迎えに行った。いつもより緊張しているように見えるのは、メンバーの大半が警察だからだろうか。
「そんな緊張せんでも、みんな普通やから」
中には俺よりガタイの良い奴もいるが、莉帆のような普通のOLも来ると聞いている。男女比はおそらく半々なので、話さえ合えば大丈夫なはずだ。
「同期やから、年齢もみんな同じくらいやし」
「警察じゃない人って、どれくらいいるんですか?」
「どうやろなぁ。俺ら同期で七か八で、あとは五人くらいかな」
同期の中では圧倒的に男のほうが多いが、警察ではない知人はほとんどが奴らの彼女だと聞いている。ここ数年はメンバーが変わっていないし、見るからにチャラそうな女の子もいない。もし莉帆が〝警察官との関わり方〟で悩んでいるのなら、彼女たちからアドバイスをもらえるかもしれない。もちろん──俺を選んでもらえない可能性があるのは分かっている。
駐車場に車を停めて聞いていた場所に着くと、既に他のメンバーは集まっていた。バーベキューの用意もしてくれているが、時間が早いのでまだ何も焼いていない。
俺が同期の男たちと話を始めたのと同じ頃、莉帆は女性たちの輪の中に入れてもらっていた。何を話しているのかは聞こえないが、笑っているので打ち解けられたのだろう。
「おまえが女の子連れてくるって初めてよな?」
そんなことを言いに来たのは俺より一つ年上の奴だ。一応は仲良くしているが、たまに上から目線になるので少々引っ掛かる。
「彼女か?」
「いや……まだ友達やな」
俺はそう思っているが、莉帆はどうなのだろうか。仲良くしてくれてはいるが、話すときもLINEでも、まだ敬語は消えない。
「ふぅん。良い子そうやな。また後でいろいろ聞くわ」
そう言って周りの同期たちにも挨拶しながら、奴は女性たちのほうへ声をかけに行った。途中でトングを掴んでいたので、そろそろ肉を焼き始めるらしい。
俺はしばらく莉帆とは話さなかったが、彼女は楽しそうな顔を見せていた。ちゃんと肉も食べているし、女性たちが用意したデザートも分けてもらっている。女同士で何を話しているのか気になるが、それは後で教えてもらえるだろうか。
独身の男が数名いるので狙われないかと心配していたが、莉帆は彼らには靡かなかったらしい。先程の奴も莉帆に話し掛けていたが、奴が距離を詰める度に莉帆は後退りしていた。
「おい、あんまり近寄ったら嫌われるぞ」
「──おっ、来たな、ヒーロー」
「ヒーロー?」
莉帆と奴を離そうとしに行くと、そこにいた全員に注目されてしまった。
「高梨君、聞いたよ、莉帆ちゃんの元彼を捕まえたって」
「あ──それか……」
「同期の中でも正義感強いもんなぁ。さすがやわ。岩倉君も相談に乗ってくれてたっていうし、羨ましいな」
女性たちは口々に、俺と悠斗のことを褒めてくれる。他の同期男性にはイケメンがいないだとか、彼氏がいるけど乗り換えたいだとか。莉帆に言い寄ろうとしていた奴は気まずくなったようで、いつの間にか男たちのほうへ逃げていった。
「ほんまに付き合ってないん?」
「うん……」
「岩倉君のほうが良いとか?」
「それは、その──違うというか──」
「ほら、チャンスやで、高梨君!」
女性たちは俺に煽っているが、俺はまだそんなつもりはなかった。
「俺、一回フラれてるからな」
「ええっ? なんでっ?」
女性たちが莉帆に詰め寄っているのを横目に見ながら悠斗を探すと、彼はメンバーを集合させようとしていた。悠斗が俺に合図をしたので、俺は女性たちを一旦黙らせて悠斗のほうへ行くように言った。
「なに? どうしたん?」
「公開プロポーズやったりして!」
「誰に? 私?」
「それはないわ、あんた彼氏いてるやん」
こんなとき、勝手な妄想を始めてしまうのはだいたい女性だ。と言うと怒られそうだが──、彼女たちが黙るのを待ってから、悠斗は口を開いた。
「あの……みんな集合してもらった割に、同期だけで良いんちゃうか、っていう話なんやけど──、俺、あと一年でこの仕事辞めて、海外行きます」
一瞬しんとなってから、ざわめきが起きた。
「マジか……何しに行くん?」
悠斗がそれを決めたのは、莉帆と出会った旅行の前だった。元々好きだった音楽をちゃんと勉強しようと思ったようで、その前にウィーンへ行ってみたい、と打ち明けられて一緒に行くことにした。そして決心が固まったようで、一年後にはオーストリアへ行くことが決まった。
だから悠斗は、莉帆と付き合うのは無理だと言っていた。
「そんな……」
莉帆は悠斗を見つめて寂しそうな顔をしていた。悠斗が俺のことを推してくれた意味が分かったのだろうか、それとも彼に着いていこうと思ったのだろうか。
「悠斗さん、なんで教えてくれんかったんですか?」
「あ──莉帆ちゃん、ごめん。ほとんど誰にも言ってなかったから……」
「勝平さんは知ってたんですか?」
「うん、知ってた」
「そんなぁ……寂しいです」
ということは莉帆は、悠斗には着いていかず日本に残るということなのだろうか。悲しそうに俯く莉帆に悠斗は笑いかけた。
「また連絡するから、いつでも遊びに来てよ。それまでは──」
悠斗は一瞬、俺のほうを見た。
「勝平で我慢しといて」
我慢とはなんだ、と突っ込みたくなったが、それを我慢した。
莉帆はイエスとは言わなかったが、悠斗に着いていきたいとも言わなかった。