ネイビーブルーの恋~1/fゆらぎ~
第24話 水占い、再び
五月の連休になって、佳織が実家への帰省を兼ねて莉帆に会いに来た。勝平や悠斗とのことを報告しようと〝報告があります〟と電話をしたけれど、良い話だと言うと佳織は直接聞きたいと言って、続きを聞かなかった。勝平とのことは想定していると思うけれど、悠斗のことはきっと驚くだろう。
二人が待ち合わせたのは、奈良公園すぐそばの駅を出たところだ。高さのある建物があまりなく日差しが痛かったので、莉帆は日影を探して大通りからは外れて立っていた。佳織から到着時刻の連絡があり、そろそろかと見に行くとちょうど駅から出てくる佳織が見えた。
「佳織ー! こっちー!」
莉帆の声に佳織は気付き、少し早足になった。
「久しぶりー! ごめん待たせて」
「ううん、私も今来たとこ」
それからすぐには目的地に行かず、とりあえず近況を話すことにした。それでもすぐにはカフェは見つからず、緩やかな勾配が続く坂道をしばらく歩くことになり、それだけで汗をかいてしまったけれど。奈良公園に入る直前でようやく見つけ、冷たい飲み物を注文してから席についた。
「で、莉帆……どうなったん? 勝平さんと……?」
「うん。一ヶ月くらい前から、付き合ってる」
「やったぁ!」
「なんで佳織が喜ぶん?」
「だってさぁ!」
佳織も悠斗と同じように、勝平の気持ちには旅行のときから気がついていた。その後のことは莉帆がときどき報告していたし、悠斗に惹かれていたことも、距離を置こうとしていたことも、全部知っていた。莉帆がどういう決断をするのか、ずっと気になっていたらしい。
「けぃっ……仕事のことは、慣れたん?」
「うん、ちょっとずつやけど。今はまだ仕事してるとこ見ることないし、帰りに会うにしてもスーツ着てるし。それに──あの顔やん?」
「顔? あ──イケメンってこと?」
「うん。だから、何の仕事してるか忘れることがあって……、会ってるときは平気」
勝平の放つ言葉がきつく感じることはたまにあるけれど、それよりも優しくしてくれることが多すぎて、警察とは思えないほどイケメンなのもあって、会っているときは普通の男性と思うことができた。
「会ってないときは?」
「それは……辛い。寂しいというか、仕方ないけど……仕事かぁ、って思ってたら、何ていうんやろ……他の人とのギャップを感じてしまって……」
「デートできてるん?」
実際のところ、ほとんど会えていない。勝平は休みを取れているけれどだいたいは平日で、やっと莉帆の休みと重なっても事件が起こってしまう。たまに勝平が早く帰れる日に食事に行くくらいだ。
「ふぅん……。それはしんどいな。仕事のこととか……心配やろ?」
「うん。あ、でもそれは、同期の女の人を紹介してくれて、たまに相談乗ってもらってるから大丈夫。さすがに細かいことは聞かれへんけど、これって世間一般と違うけどどうなんかな? って思うこととか、たまに聞いてる。ちょっとずつは、理解してるつもり」
「それもあるもんなぁ、莉帆は強いな」
「強くないって」
「でも──あの仕事の人って、自立してる人に惹かれるみたいやけどな」
佳織は笑顔で言ってくれるけれど、莉帆はそんな自覚はしていない。仕事でもまだまだ先輩たちを頼っているし、家事もあまり得意ではない。心当たりといえば──英語が話せないのに外国人に挑むところだろうか。
「あ、そうそう、あと悠斗さんの話もあって──あの人、仕事辞めて海外に行くんやって。送別会には佳織も来てほしいって言ってた」
「えっ、海外?」
「うん、音楽の勉強するらしくて、あの旅行は下見のつもりやったみたい」
「へぇ……なるほど。だから莉帆には勝平さんを推してたんやな」
佳織は笑い、悠斗の送別会には出席すると約束してくれた。莉帆の他は全員が警察だったので、加奈子も来ると聞いているけれど友人がいるほうがなにより心強い。
カフェを出て公園に入り、目指すところは一年前にも訪れた夫婦大國社だ。連休なのもあって人の姿は多く、水占いの順番を並んで待った。白地にピンク色でハート柄と鹿の絵が描かれた紙を一枚とり、水に浮かべた。
「何が出るかな……」
先に佳織のほうに文字が浮かび上がり、初めに〝吉〟と見えた。
「私は恋愛は良いから、願望かな……ええと……〝いずれはかなう夢と自信を常にもて〟……なるほどね」
「当たってるん?」
「──うん。そろそろ子供ほしいけど、なかなかね……。わかった、頑張る。莉帆は?」
莉帆は佳織よりあとで水につけたせいか、少し反応が遅い。
「前も、最初のときもやったけど、当たるんよなぁ……怖いなぁ……」
良くない兆しがある、とか。何かを心掛けなさい、とか。それほど悪い言葉は出てこないけれど、勝平の仕事を考えると思い浮かぶのは良いことばかりではない。
「あっ、出てきた、……莉帆、また大吉やん!」
「えっ……恋愛……え……」
浮かび上がった文字を見て、莉帆はどうしようもなく嬉しくなってしまった。はしゃぎたいのを我慢して、持ち上げて佳織に見せた。
「なに? 恋愛は……〝愛されるよろこびをいっぱいに味わえる〟……良いやん、いっぱい会えるんちがう?」
「はは、やったぁ。会えるかなぁ。でも連休とかの話は聞いてないしなぁ……」
占いの結果が必ず当たるわけではないけれど。
それでも大吉が出たのが嬉しくて、思わず写真を撮った。仕事を頑張ってほしいけれど会いたいのも本音──絵馬に願いを書く。
「莉帆、待って」
書こうとしていると、隣から佳織の声が聞こえた。
「その──占い」
「占い? これ?」
莉帆は大吉が出た自分の紙を差した。
「うん。会える日が増える……には変わりないんやけど……プロポーズされたりしてな?」
「あっ……それは……」
「え……もうされたとか?」
「ううん、まだやけど──そのつもりとは聞いてる」
莉帆が照れながら言うと、佳織は今度は控えめにガッツポーズをした。莉帆も絵馬に書くことを考え直し、未来のことを想像して書いた。
「今更やけど……勝平さんで良いん?」
「どういうこと?」
「いや、仕事がさ……特殊やから、苦労すると思うから」
「いまは不安もあるけど……周りのみんなが保証してくれてるし、それ信じて頑張る。仕事って言ったらそれまでやけど、元彼捕まえてくれたの、ほんまに嬉しかった」
今はまだ結論が出ていないけれど、元彼が出所する数年後のことも何度も一緒に考えてくれている。
「最初は──イケメンやのに緊張せんかったし、二人で会ってても何も思わんかったし、あかんわぁ、って思ってたけど……」
「けど?」
勝平と初めてキスをしたあの日に彼の普段は出さない表情を見てしまってから、彼に会うだけでときめくようになってしまった。今まで何もなかったのが不思議なくらい一挙一動に惚れ直し、彼のことを考えない時間はほとんどなくなった。
「けど……いまは逆。好きすぎて……はは」
「あのとき、旅行終わってから、二人の連絡先聞いといて良かったな」
「うん」
「ははっ、即答やな」
莉帆が笑顔で答えたので、佳織は笑いだした。
「あの頃は、そんなつもりないとか、安心感のほうが大きいとか言ってたのに、半年でここまで変わるか」
「うん」
元彼が逮捕されたから。とりあえず数年は安心だから。勝平が捕まえたから。彼が本当に、莉帆のことを考えてくれているから。
二人が待ち合わせたのは、奈良公園すぐそばの駅を出たところだ。高さのある建物があまりなく日差しが痛かったので、莉帆は日影を探して大通りからは外れて立っていた。佳織から到着時刻の連絡があり、そろそろかと見に行くとちょうど駅から出てくる佳織が見えた。
「佳織ー! こっちー!」
莉帆の声に佳織は気付き、少し早足になった。
「久しぶりー! ごめん待たせて」
「ううん、私も今来たとこ」
それからすぐには目的地に行かず、とりあえず近況を話すことにした。それでもすぐにはカフェは見つからず、緩やかな勾配が続く坂道をしばらく歩くことになり、それだけで汗をかいてしまったけれど。奈良公園に入る直前でようやく見つけ、冷たい飲み物を注文してから席についた。
「で、莉帆……どうなったん? 勝平さんと……?」
「うん。一ヶ月くらい前から、付き合ってる」
「やったぁ!」
「なんで佳織が喜ぶん?」
「だってさぁ!」
佳織も悠斗と同じように、勝平の気持ちには旅行のときから気がついていた。その後のことは莉帆がときどき報告していたし、悠斗に惹かれていたことも、距離を置こうとしていたことも、全部知っていた。莉帆がどういう決断をするのか、ずっと気になっていたらしい。
「けぃっ……仕事のことは、慣れたん?」
「うん、ちょっとずつやけど。今はまだ仕事してるとこ見ることないし、帰りに会うにしてもスーツ着てるし。それに──あの顔やん?」
「顔? あ──イケメンってこと?」
「うん。だから、何の仕事してるか忘れることがあって……、会ってるときは平気」
勝平の放つ言葉がきつく感じることはたまにあるけれど、それよりも優しくしてくれることが多すぎて、警察とは思えないほどイケメンなのもあって、会っているときは普通の男性と思うことができた。
「会ってないときは?」
「それは……辛い。寂しいというか、仕方ないけど……仕事かぁ、って思ってたら、何ていうんやろ……他の人とのギャップを感じてしまって……」
「デートできてるん?」
実際のところ、ほとんど会えていない。勝平は休みを取れているけれどだいたいは平日で、やっと莉帆の休みと重なっても事件が起こってしまう。たまに勝平が早く帰れる日に食事に行くくらいだ。
「ふぅん……。それはしんどいな。仕事のこととか……心配やろ?」
「うん。あ、でもそれは、同期の女の人を紹介してくれて、たまに相談乗ってもらってるから大丈夫。さすがに細かいことは聞かれへんけど、これって世間一般と違うけどどうなんかな? って思うこととか、たまに聞いてる。ちょっとずつは、理解してるつもり」
「それもあるもんなぁ、莉帆は強いな」
「強くないって」
「でも──あの仕事の人って、自立してる人に惹かれるみたいやけどな」
佳織は笑顔で言ってくれるけれど、莉帆はそんな自覚はしていない。仕事でもまだまだ先輩たちを頼っているし、家事もあまり得意ではない。心当たりといえば──英語が話せないのに外国人に挑むところだろうか。
「あ、そうそう、あと悠斗さんの話もあって──あの人、仕事辞めて海外に行くんやって。送別会には佳織も来てほしいって言ってた」
「えっ、海外?」
「うん、音楽の勉強するらしくて、あの旅行は下見のつもりやったみたい」
「へぇ……なるほど。だから莉帆には勝平さんを推してたんやな」
佳織は笑い、悠斗の送別会には出席すると約束してくれた。莉帆の他は全員が警察だったので、加奈子も来ると聞いているけれど友人がいるほうがなにより心強い。
カフェを出て公園に入り、目指すところは一年前にも訪れた夫婦大國社だ。連休なのもあって人の姿は多く、水占いの順番を並んで待った。白地にピンク色でハート柄と鹿の絵が描かれた紙を一枚とり、水に浮かべた。
「何が出るかな……」
先に佳織のほうに文字が浮かび上がり、初めに〝吉〟と見えた。
「私は恋愛は良いから、願望かな……ええと……〝いずれはかなう夢と自信を常にもて〟……なるほどね」
「当たってるん?」
「──うん。そろそろ子供ほしいけど、なかなかね……。わかった、頑張る。莉帆は?」
莉帆は佳織よりあとで水につけたせいか、少し反応が遅い。
「前も、最初のときもやったけど、当たるんよなぁ……怖いなぁ……」
良くない兆しがある、とか。何かを心掛けなさい、とか。それほど悪い言葉は出てこないけれど、勝平の仕事を考えると思い浮かぶのは良いことばかりではない。
「あっ、出てきた、……莉帆、また大吉やん!」
「えっ……恋愛……え……」
浮かび上がった文字を見て、莉帆はどうしようもなく嬉しくなってしまった。はしゃぎたいのを我慢して、持ち上げて佳織に見せた。
「なに? 恋愛は……〝愛されるよろこびをいっぱいに味わえる〟……良いやん、いっぱい会えるんちがう?」
「はは、やったぁ。会えるかなぁ。でも連休とかの話は聞いてないしなぁ……」
占いの結果が必ず当たるわけではないけれど。
それでも大吉が出たのが嬉しくて、思わず写真を撮った。仕事を頑張ってほしいけれど会いたいのも本音──絵馬に願いを書く。
「莉帆、待って」
書こうとしていると、隣から佳織の声が聞こえた。
「その──占い」
「占い? これ?」
莉帆は大吉が出た自分の紙を差した。
「うん。会える日が増える……には変わりないんやけど……プロポーズされたりしてな?」
「あっ……それは……」
「え……もうされたとか?」
「ううん、まだやけど──そのつもりとは聞いてる」
莉帆が照れながら言うと、佳織は今度は控えめにガッツポーズをした。莉帆も絵馬に書くことを考え直し、未来のことを想像して書いた。
「今更やけど……勝平さんで良いん?」
「どういうこと?」
「いや、仕事がさ……特殊やから、苦労すると思うから」
「いまは不安もあるけど……周りのみんなが保証してくれてるし、それ信じて頑張る。仕事って言ったらそれまでやけど、元彼捕まえてくれたの、ほんまに嬉しかった」
今はまだ結論が出ていないけれど、元彼が出所する数年後のことも何度も一緒に考えてくれている。
「最初は──イケメンやのに緊張せんかったし、二人で会ってても何も思わんかったし、あかんわぁ、って思ってたけど……」
「けど?」
勝平と初めてキスをしたあの日に彼の普段は出さない表情を見てしまってから、彼に会うだけでときめくようになってしまった。今まで何もなかったのが不思議なくらい一挙一動に惚れ直し、彼のことを考えない時間はほとんどなくなった。
「けど……いまは逆。好きすぎて……はは」
「あのとき、旅行終わってから、二人の連絡先聞いといて良かったな」
「うん」
「ははっ、即答やな」
莉帆が笑顔で答えたので、佳織は笑いだした。
「あの頃は、そんなつもりないとか、安心感のほうが大きいとか言ってたのに、半年でここまで変わるか」
「うん」
元彼が逮捕されたから。とりあえず数年は安心だから。勝平が捕まえたから。彼が本当に、莉帆のことを考えてくれているから。