ネイビーブルーの恋~1/fゆらぎ~
第26話 強気になって
莉帆の会社には全員が一斉にとる連休──例えば盆休みやゴールデンウィーク──は存在しないので、それぞれが仕事の都合に合わせて周りと調整しながら休みを取っている。夏が近づくと小さい子供がいる人や帰省しなくてはいけない人が先に休みを申請してくるので、何の予定もない莉帆は休み希望の落ち着いた秋に取ることが多いけれど、今年ももちろんその予定にしているけれど、そんな時期が始まる前の六月に莉帆のために飲み会が開かれた。
飲み会開催を聞いた鈴木部長を始め男性陣も参加したそうにしていたけれど、女子会だと言うと謝りながら仕事に戻っていった。莉帆は新年会に行かなかったので部長たちが来ても良かったけれど──、それはまたの機会のお楽しみだ。
女子会という名のとおり、選ばれたのはオシャレな居酒屋だ。主役が莉帆なので希望を聞いてもらえることになり、グルメサイトで調べていくつか候補を出した。
「とりあえず乾杯しよ、赤坂さん、グラス持ちや」
先輩に促され、莉帆はグラスを高く掲げた。学生の頃を思い出して甘いカクテルを注文したのは良かったけれど、久々に飲んでみると記憶よりも甘くて少し胸焼けしてしまった。二杯目はすっきりしたものにしようと思いながら、食べ物に手を伸ばした。
「さっそくやけどさぁ、赤坂さん」
「はい?」
「あ……彼氏のほうから告白されたて言うてたなぁ」
「はい」
「じゃあ、何聞こかな、ええと……決め手は何やったん? やっぱ顔?」
「いえ、顔ではないです」
言った途端、先輩たちから一斉に驚かれた。最近は彼の顔に見惚れているけれど、最初はほとんど気にしていなかった。最初に気になったのは彼の安心感で、次は素直さだ。真っ直ぐに好きだと言われ、思わず莉帆も同じ言葉を返してしまった。
「元彼のこと相談したり、普通に遊びに行ったりしてるうちに、なんとなく……」
「なんとなく気になりだしたん? でもさぁ、遊び相手には良くても、仕事あかん人とかおるやん? 彼氏めちゃくちゃイケメンやし真面目そうやし、そんな風に見えんけど、そのへんどうなん?」
「それは、私も出会った頃は気になってて……」
事実だけを言うべきか、時系列で言うべきか。
勝平の話をしようとすると、どうしても元彼が関係してしまう。
「どっから言ったら良いんかな……。仕事のことは私も教えてなかったし、聞くのは仲良くなってからで良いや、って思ってたんですけど──偶然、知ってしまったことがあって」
「ほう? 役所とかで働いてたん? 公務員って前に言ってたやん?」
「年明けに、元彼に見つかったときに分かったんですけど」
近くにいた人が通報してくれて、駆けつけた警察官二人のうち一人が勝平だった。
「それって、休みの日よなぁ? そんなときに分かる? 買い物中やろ?」
「はい……」
「もしかして、警察やったん?」
「──はい」
「ええっ?」
「あっ、そのときはまだ告白される前ですけど」
莉帆の彼氏が警察官と聞いて、先輩たちは大騒ぎになってしまった。
イケメンで、背も高くて、歌が上手くて、公務員──しかも警察官。正義感が強いから莉帆のためなら何でもするだろう、と羨ましがる声が止まらない。
「良いやん、羨ましいわ。うちの旦那と大違いやわ」
「でも、警察やったらいろいろ大変やろ? 私の友達も付き合ったことあるって言ってたけど、全然会われへんからすぐ別れたって言ってた」
「はい……二ヶ月くらい経つけど……ゆっくりは会えてなくて」
たまに夜に会えるので全くではないけれど、莉帆が起きている間に勝平の仕事が終われば電話をくれるけれど、いつか約束した〝ゆっくりデート〟はまだできそうにない。寂しさも何とか耐えているけれど、会えたときに感情が爆発しそうで怖い。
「それで最近、浮き沈み激しかったんやな」
「……そんな激しかったですか?」
「うん。元気なときは服も良さそうなやつ着てたけど、落ち込んでたときは地味やったで」
たとえば、地下街のアパレルショップへ挨拶に行った日。予定はしていなかったけれど勝平に会えたことが嬉しくて、次の日は新しい服を着て出勤した。会えない日が長く続くと気持ちがだんだんと沈んできて、オシャレをする気にはならなかった。クローゼットを開けて見えたものを適当に着ていた。
「それやったら、あれやなぁ、……小野君はどう足掻いても負けやな。よっぽど良いことあったら分からんけど」
「赤坂さん、寂しなったからって、小野君に走ったりしたあかんで」
「それは……ないと思います」
勝平が莉帆と結婚するつもりらしいとは、まだ言わないでおく。
会社の休憩室で〝莉帆がイケメン二人に取り合いされている〟と鈴木部長に聞かれてからその話はすぐに広がってしまったけれど、俊介の態度は何も変わらなかった。むしろ〝二人ともダメになった場合〟を狙おうとしているようで、状況を遠回しに聞いてくるようになった。詳しいことは教えていないし、莉帆も俊介に靡く予定はない。
「あのとき、助けてくれたのもやけど──バーで暴れてた元彼を捕まえたのも」
「彼氏やったん?」
「はい。偶然ではあるけど、それも嬉しくて……」
それは仕事ではあるけれど、莉帆の元彼だったことで普段以上の力が出たと勝平は言っていた。勝平が莉帆のことを、悠斗は〝間違いなく守ってくれる〟、加奈子は〝真剣に考えている〟と言っていた。本人も〝別れる気はない〟と言っていたし、莉帆もそのつもりだった。
「大丈夫そうやな。あとは赤坂さんが寂しさに耐えれるかどうかやな。……誰か、彼氏の仕事のこととか相談できる人いてるん?」
「それは、いてます。何回か会ってて、LINEもするし」
「もう一人のイケメン?」
「いえ、彼氏の同期の女の人で……」
加奈子とは勝平よりも連絡がつきやすく、最近は仲良くなって、加奈子が週末休みの日に遊ぶようになった。勝平が好きそうな雑貨や食べ物をいくつも教えてもらった。
「女の人いてるんやったら安心やん。私ら、いくらでも話は聞くけど、好き勝手しか言われへんからなぁ」
一年前は心配したけれど今は幸せそうで何より、と笑いながら、先輩たちは莉帆にお酒のお代わりを頼めと言った。カクテルは既になくなりかけているので、次は果実酒のソーダ割りを貰おうかと思っていたところだ。
莉帆は普段はあまりお酒を飲まないけれど、この日は先輩たちに話せたことが嬉しくて、いつもより早いペースで飲んでしまっていた。
「だあら、寂しくって、連絡もあんありないし、会えうことあんかまえで」
「寂しいなぁ。我慢できるん?」
「私が我慢せな、かえし困るし……」
酔いが回り、呂律が回っていないことは自覚していた。それでも何とか自力で家まで帰ろうと、莉帆は先輩たちに助けられながら頑張って駅まで歩いた。
けれどそこから先の記憶がなく、目覚めたのは全く知らない部屋のベッドの上だった。ホテルではなく、どこかのマンションらしい。
(あれ……? 私……? ──良いにおい……)
寝ぼけていても分かるのは、トーストと目玉焼きと、こんがり焼けたベーコンの香りだ。身体を起こし、服を着ていることにとりあえず安心する。けれどそれは──莉帆のものではなかった。
(えっ? 私、昨日……確か、駅に着いて、電車……あれ……?)
莉帆がいるのは寝室のようで、ベッド以外にほとんど何もない。莉帆の荷物はベッドの側に置かれていて、昨日着ていたはずの服は綺麗にハンガーに掛けられていた。
(んん? あ──そういえば、服を借りたような……誰の?)
部屋の窓から外を見て、大阪市内だとわかった。寝室から繋がるウォークインクローゼットには見覚えのあるものがいくつかあって、誰のものだったか思い出し、記憶を辿っていく。
この部屋の住人とは昨夜、駅の改札前で顔を合わせた──。
飲み会開催を聞いた鈴木部長を始め男性陣も参加したそうにしていたけれど、女子会だと言うと謝りながら仕事に戻っていった。莉帆は新年会に行かなかったので部長たちが来ても良かったけれど──、それはまたの機会のお楽しみだ。
女子会という名のとおり、選ばれたのはオシャレな居酒屋だ。主役が莉帆なので希望を聞いてもらえることになり、グルメサイトで調べていくつか候補を出した。
「とりあえず乾杯しよ、赤坂さん、グラス持ちや」
先輩に促され、莉帆はグラスを高く掲げた。学生の頃を思い出して甘いカクテルを注文したのは良かったけれど、久々に飲んでみると記憶よりも甘くて少し胸焼けしてしまった。二杯目はすっきりしたものにしようと思いながら、食べ物に手を伸ばした。
「さっそくやけどさぁ、赤坂さん」
「はい?」
「あ……彼氏のほうから告白されたて言うてたなぁ」
「はい」
「じゃあ、何聞こかな、ええと……決め手は何やったん? やっぱ顔?」
「いえ、顔ではないです」
言った途端、先輩たちから一斉に驚かれた。最近は彼の顔に見惚れているけれど、最初はほとんど気にしていなかった。最初に気になったのは彼の安心感で、次は素直さだ。真っ直ぐに好きだと言われ、思わず莉帆も同じ言葉を返してしまった。
「元彼のこと相談したり、普通に遊びに行ったりしてるうちに、なんとなく……」
「なんとなく気になりだしたん? でもさぁ、遊び相手には良くても、仕事あかん人とかおるやん? 彼氏めちゃくちゃイケメンやし真面目そうやし、そんな風に見えんけど、そのへんどうなん?」
「それは、私も出会った頃は気になってて……」
事実だけを言うべきか、時系列で言うべきか。
勝平の話をしようとすると、どうしても元彼が関係してしまう。
「どっから言ったら良いんかな……。仕事のことは私も教えてなかったし、聞くのは仲良くなってからで良いや、って思ってたんですけど──偶然、知ってしまったことがあって」
「ほう? 役所とかで働いてたん? 公務員って前に言ってたやん?」
「年明けに、元彼に見つかったときに分かったんですけど」
近くにいた人が通報してくれて、駆けつけた警察官二人のうち一人が勝平だった。
「それって、休みの日よなぁ? そんなときに分かる? 買い物中やろ?」
「はい……」
「もしかして、警察やったん?」
「──はい」
「ええっ?」
「あっ、そのときはまだ告白される前ですけど」
莉帆の彼氏が警察官と聞いて、先輩たちは大騒ぎになってしまった。
イケメンで、背も高くて、歌が上手くて、公務員──しかも警察官。正義感が強いから莉帆のためなら何でもするだろう、と羨ましがる声が止まらない。
「良いやん、羨ましいわ。うちの旦那と大違いやわ」
「でも、警察やったらいろいろ大変やろ? 私の友達も付き合ったことあるって言ってたけど、全然会われへんからすぐ別れたって言ってた」
「はい……二ヶ月くらい経つけど……ゆっくりは会えてなくて」
たまに夜に会えるので全くではないけれど、莉帆が起きている間に勝平の仕事が終われば電話をくれるけれど、いつか約束した〝ゆっくりデート〟はまだできそうにない。寂しさも何とか耐えているけれど、会えたときに感情が爆発しそうで怖い。
「それで最近、浮き沈み激しかったんやな」
「……そんな激しかったですか?」
「うん。元気なときは服も良さそうなやつ着てたけど、落ち込んでたときは地味やったで」
たとえば、地下街のアパレルショップへ挨拶に行った日。予定はしていなかったけれど勝平に会えたことが嬉しくて、次の日は新しい服を着て出勤した。会えない日が長く続くと気持ちがだんだんと沈んできて、オシャレをする気にはならなかった。クローゼットを開けて見えたものを適当に着ていた。
「それやったら、あれやなぁ、……小野君はどう足掻いても負けやな。よっぽど良いことあったら分からんけど」
「赤坂さん、寂しなったからって、小野君に走ったりしたあかんで」
「それは……ないと思います」
勝平が莉帆と結婚するつもりらしいとは、まだ言わないでおく。
会社の休憩室で〝莉帆がイケメン二人に取り合いされている〟と鈴木部長に聞かれてからその話はすぐに広がってしまったけれど、俊介の態度は何も変わらなかった。むしろ〝二人ともダメになった場合〟を狙おうとしているようで、状況を遠回しに聞いてくるようになった。詳しいことは教えていないし、莉帆も俊介に靡く予定はない。
「あのとき、助けてくれたのもやけど──バーで暴れてた元彼を捕まえたのも」
「彼氏やったん?」
「はい。偶然ではあるけど、それも嬉しくて……」
それは仕事ではあるけれど、莉帆の元彼だったことで普段以上の力が出たと勝平は言っていた。勝平が莉帆のことを、悠斗は〝間違いなく守ってくれる〟、加奈子は〝真剣に考えている〟と言っていた。本人も〝別れる気はない〟と言っていたし、莉帆もそのつもりだった。
「大丈夫そうやな。あとは赤坂さんが寂しさに耐えれるかどうかやな。……誰か、彼氏の仕事のこととか相談できる人いてるん?」
「それは、いてます。何回か会ってて、LINEもするし」
「もう一人のイケメン?」
「いえ、彼氏の同期の女の人で……」
加奈子とは勝平よりも連絡がつきやすく、最近は仲良くなって、加奈子が週末休みの日に遊ぶようになった。勝平が好きそうな雑貨や食べ物をいくつも教えてもらった。
「女の人いてるんやったら安心やん。私ら、いくらでも話は聞くけど、好き勝手しか言われへんからなぁ」
一年前は心配したけれど今は幸せそうで何より、と笑いながら、先輩たちは莉帆にお酒のお代わりを頼めと言った。カクテルは既になくなりかけているので、次は果実酒のソーダ割りを貰おうかと思っていたところだ。
莉帆は普段はあまりお酒を飲まないけれど、この日は先輩たちに話せたことが嬉しくて、いつもより早いペースで飲んでしまっていた。
「だあら、寂しくって、連絡もあんありないし、会えうことあんかまえで」
「寂しいなぁ。我慢できるん?」
「私が我慢せな、かえし困るし……」
酔いが回り、呂律が回っていないことは自覚していた。それでも何とか自力で家まで帰ろうと、莉帆は先輩たちに助けられながら頑張って駅まで歩いた。
けれどそこから先の記憶がなく、目覚めたのは全く知らない部屋のベッドの上だった。ホテルではなく、どこかのマンションらしい。
(あれ……? 私……? ──良いにおい……)
寝ぼけていても分かるのは、トーストと目玉焼きと、こんがり焼けたベーコンの香りだ。身体を起こし、服を着ていることにとりあえず安心する。けれどそれは──莉帆のものではなかった。
(えっ? 私、昨日……確か、駅に着いて、電車……あれ……?)
莉帆がいるのは寝室のようで、ベッド以外にほとんど何もない。莉帆の荷物はベッドの側に置かれていて、昨日着ていたはずの服は綺麗にハンガーに掛けられていた。
(んん? あ──そういえば、服を借りたような……誰の?)
部屋の窓から外を見て、大阪市内だとわかった。寝室から繋がるウォークインクローゼットには見覚えのあるものがいくつかあって、誰のものだったか思い出し、記憶を辿っていく。
この部屋の住人とは昨夜、駅の改札前で顔を合わせた──。