ネイビーブルーの恋~1/fゆらぎ~
第6章 好きな人
第29話 本音 ─side 勝平─
莉帆と出会ったツアーから、もうすぐ一年だ。
最初は莉帆は男性恐怖になっていて避けられたりしたが、今ではすっかり俺のことで頭がいっぱいらしい。なかなかゆっくり会えない分、たまに会うと最高の笑顔を見せてくれたし、時間が取れるときは俺を気遣ってかのんびり過ごさせてくれた。
莉帆が女子会に行っていた日、俺は終わりの時間まで買い物をしながら街をぶら着いていた。どうしても探したいものがあって、ネットで見るよりは実物を見たかったので店を回っていた。
莉帆はそれほど酒を飲まないので大丈夫だろう──と思っていたが、どうやらその日は飲みすぎていたらしい。自分の足で歩いてはいたが同僚たちに支えられながらだったし、少し近づいてから聞こえた声は呂律が全く回っていなかった。だから俺は彼女を引き取ることにして、そのまま車に乗せた。助手席ではなく後部座席に座らせると、そのまま横になってしまった。
「大丈夫か? 気持ち悪くないか?」
「うん……会いたいよぉ……ほんまは……寂しい……」
俺が隣にいることを莉帆は忘れてしまっているらしい。座席から落ちないように少しだけ後ろに押した。
「会いたい? ……誰に?」
「かえし……でも、仕事頑張ってるから、邪魔したくない……」
それはきっと、莉帆の本音だ。
長く寂しい思いをさせているのは、十分わかっていた。俺から告白しておきながらなかなか休みが合わないし、たまの休みにも予定を入れて莉帆と会える時間を削ってしまっていた。寂しいのは俺も同じで──、こんな生活は早く終わらせたかった。
莉帆を奈良まで送る予定にしていたが、心配なことが多かったので俺の部屋にした。ふらつきながらも意識はあったので、とりあえず俺のTシャツとハーフパンツを渡した。俺がシャワーを浴びている間に着替えてはいたが、眠ってしまっていたのでベッドに運んでそのまま一緒に寝た。酒のにおいがしたが、それよりも莉帆を抱き締めていたかった。寝言で何度か俺を呼び、その度に嬉しくてなかなか眠れなかった。
翌日に出掛けたのは、前夜の探し物の続きだ。というより、この日が本番だった。あとは悠斗に会う予定にしていたがそれはキャンセルしてもらい、莉帆とのデートにした。特に行きたいところは思い付かなかったようなので、定番の海遊館に行った。
「魚って何か考えてるんかな?」
「さあ……どうやろな。ずっと水槽の中やもんな」
「なんか……水って勝平みたい」
「……水?」
「うん。水族館は壁の色もあるやろうけど、海とか湖とかでも青く見えるやん? 魚とかが泳いだり、風で揺れて……ずーっと見てられる。勝平も、制服は青いし。大きくて、優しくて、強くて……」
そういうことか、と思わず納得してしまった。莉帆は俺とどこかへ行かなくても、俺がそばにいるだけで心が安らぐらしい。
過去に付き合った女性は何人かいたが、だいたいは俺を顔で評価していた。嫌な気はしないが、付き合うのなら内面を気にしてほしかった。莉帆も今は外見を褒めてくれるが、付き合うか否かには全く影響しなかったと聞いた。
近くで夕飯を食べてから、俺は莉帆を今度こそ奈良まで送った。離れるのは辛かったが、車の中から手を振るだけにした。莉帆はマンションに入りながら、何度も振り返ってくれた。少ししてからLINEが届いたので見てみると、昨夜からのお礼に続いて〝月曜日に先輩たちに謝ります〟と土下座のスタンプだった。
「おはよう、高梨君」
「ん? おっす」
朝、交番へ行く前に警察署に寄ると、高確率で中島に遭遇する。莉帆のことを考えて気分を上げていたのに、中島のせいでいつも途切れてしまう。
「こないだ莉帆ちゃんに会ったよ」
「なんで?」
「なんでって、私に莉帆ちゃんの相談相手になってくれ、って頼んできたの高梨君やけど?」
「ああ……そうやったな」
「莉帆ちゃん、お盆に帰省してたみたいで、その帰り。私も買い物に出てたし」
「ふぅん」
お盆に帰省するとは少し前に連絡が入っていた。元彼の件があって長らく帰れていなかったようなので、久々にのんびり過ごしたのだろう。それよりも気になるのは、中島との会話だ。
「おまえ、莉帆に会ってくれるのは良いけど、いらんこと言ってないやろな?」
「別に? こないだは莉帆ちゃん、〝ほんまはもっと会いたいけど、邪魔したくないから自分から会いたいとは言えへん〟って言ってたわ」
「あ──それ聞いたわ。酔ってるときに、俺が聞いてるって忘れて言ってたな」
笑いながら言うと、中島は悔しそうな顔をしていた。俺に『もっと莉帆に会ってやれ』と言いたかったのだろうか。
「寂しいやろうに……良い子やなぁ。莉帆ちゃん、ほんまにあんたのこと好きみたい」
それは何度も莉帆から聞いたので知っている。
「だから──なんか、悔しくってさ」
「悔しい? 何が?」
「……別に。あっ、こんな時間、仕事仕事っ!」
中島とは同期だが、実をいうと幼馴染みでもある。家が近所で幼稚園から一緒で、高校・大学で離れはしたが、ずっと実家で暮らしていたのでときどき見かけていた。なぜか同じ仕事を選び、しばらくしてから警察官の先輩と結婚したようで苗字が中島に変わった。同期で幼馴染みというだけで、それ以上でもそれ以下でもない。何が悔しいのか、俺には分からない。
「おい、勝平」
「ん? あ──悠斗か、こないだは悪かったな」
振り返ると今度は悠斗がいた。
「いや、それくらい。俺より莉帆ちゃんを優先してやって」
悠斗も莉帆のことが好きで俺とライバルだったが、今では完全に俺の味方をしてくれている。あの日も悠斗とクリスマスイベントの打ち合わせの予定だったが、莉帆と過ごすことを選ばせてくれた。
「クリスマス……また出るなら絶対聴きに行く、って莉帆ちゃん言ってたし。今度は自分で誘えよ。まぁ、あれ次第やけどな」
「ああ……」
「それより、中島のこと聞いたか?」
「いや?」
会えばだいたい莉帆の話か、たまに仕事のことだ。まれに同級生たちの話題も聞くが、特に興味はない。
「あいつ──旦那と離婚の方向で別居中らしいわ」
「──マジで?」
「俺、ちょっと前から相談されてて……決めたみたいやわ。それで聞いたんやけど勝平──なぁ、あいつのことどう思ってる?」
「は?」
最初は莉帆は男性恐怖になっていて避けられたりしたが、今ではすっかり俺のことで頭がいっぱいらしい。なかなかゆっくり会えない分、たまに会うと最高の笑顔を見せてくれたし、時間が取れるときは俺を気遣ってかのんびり過ごさせてくれた。
莉帆が女子会に行っていた日、俺は終わりの時間まで買い物をしながら街をぶら着いていた。どうしても探したいものがあって、ネットで見るよりは実物を見たかったので店を回っていた。
莉帆はそれほど酒を飲まないので大丈夫だろう──と思っていたが、どうやらその日は飲みすぎていたらしい。自分の足で歩いてはいたが同僚たちに支えられながらだったし、少し近づいてから聞こえた声は呂律が全く回っていなかった。だから俺は彼女を引き取ることにして、そのまま車に乗せた。助手席ではなく後部座席に座らせると、そのまま横になってしまった。
「大丈夫か? 気持ち悪くないか?」
「うん……会いたいよぉ……ほんまは……寂しい……」
俺が隣にいることを莉帆は忘れてしまっているらしい。座席から落ちないように少しだけ後ろに押した。
「会いたい? ……誰に?」
「かえし……でも、仕事頑張ってるから、邪魔したくない……」
それはきっと、莉帆の本音だ。
長く寂しい思いをさせているのは、十分わかっていた。俺から告白しておきながらなかなか休みが合わないし、たまの休みにも予定を入れて莉帆と会える時間を削ってしまっていた。寂しいのは俺も同じで──、こんな生活は早く終わらせたかった。
莉帆を奈良まで送る予定にしていたが、心配なことが多かったので俺の部屋にした。ふらつきながらも意識はあったので、とりあえず俺のTシャツとハーフパンツを渡した。俺がシャワーを浴びている間に着替えてはいたが、眠ってしまっていたのでベッドに運んでそのまま一緒に寝た。酒のにおいがしたが、それよりも莉帆を抱き締めていたかった。寝言で何度か俺を呼び、その度に嬉しくてなかなか眠れなかった。
翌日に出掛けたのは、前夜の探し物の続きだ。というより、この日が本番だった。あとは悠斗に会う予定にしていたがそれはキャンセルしてもらい、莉帆とのデートにした。特に行きたいところは思い付かなかったようなので、定番の海遊館に行った。
「魚って何か考えてるんかな?」
「さあ……どうやろな。ずっと水槽の中やもんな」
「なんか……水って勝平みたい」
「……水?」
「うん。水族館は壁の色もあるやろうけど、海とか湖とかでも青く見えるやん? 魚とかが泳いだり、風で揺れて……ずーっと見てられる。勝平も、制服は青いし。大きくて、優しくて、強くて……」
そういうことか、と思わず納得してしまった。莉帆は俺とどこかへ行かなくても、俺がそばにいるだけで心が安らぐらしい。
過去に付き合った女性は何人かいたが、だいたいは俺を顔で評価していた。嫌な気はしないが、付き合うのなら内面を気にしてほしかった。莉帆も今は外見を褒めてくれるが、付き合うか否かには全く影響しなかったと聞いた。
近くで夕飯を食べてから、俺は莉帆を今度こそ奈良まで送った。離れるのは辛かったが、車の中から手を振るだけにした。莉帆はマンションに入りながら、何度も振り返ってくれた。少ししてからLINEが届いたので見てみると、昨夜からのお礼に続いて〝月曜日に先輩たちに謝ります〟と土下座のスタンプだった。
「おはよう、高梨君」
「ん? おっす」
朝、交番へ行く前に警察署に寄ると、高確率で中島に遭遇する。莉帆のことを考えて気分を上げていたのに、中島のせいでいつも途切れてしまう。
「こないだ莉帆ちゃんに会ったよ」
「なんで?」
「なんでって、私に莉帆ちゃんの相談相手になってくれ、って頼んできたの高梨君やけど?」
「ああ……そうやったな」
「莉帆ちゃん、お盆に帰省してたみたいで、その帰り。私も買い物に出てたし」
「ふぅん」
お盆に帰省するとは少し前に連絡が入っていた。元彼の件があって長らく帰れていなかったようなので、久々にのんびり過ごしたのだろう。それよりも気になるのは、中島との会話だ。
「おまえ、莉帆に会ってくれるのは良いけど、いらんこと言ってないやろな?」
「別に? こないだは莉帆ちゃん、〝ほんまはもっと会いたいけど、邪魔したくないから自分から会いたいとは言えへん〟って言ってたわ」
「あ──それ聞いたわ。酔ってるときに、俺が聞いてるって忘れて言ってたな」
笑いながら言うと、中島は悔しそうな顔をしていた。俺に『もっと莉帆に会ってやれ』と言いたかったのだろうか。
「寂しいやろうに……良い子やなぁ。莉帆ちゃん、ほんまにあんたのこと好きみたい」
それは何度も莉帆から聞いたので知っている。
「だから──なんか、悔しくってさ」
「悔しい? 何が?」
「……別に。あっ、こんな時間、仕事仕事っ!」
中島とは同期だが、実をいうと幼馴染みでもある。家が近所で幼稚園から一緒で、高校・大学で離れはしたが、ずっと実家で暮らしていたのでときどき見かけていた。なぜか同じ仕事を選び、しばらくしてから警察官の先輩と結婚したようで苗字が中島に変わった。同期で幼馴染みというだけで、それ以上でもそれ以下でもない。何が悔しいのか、俺には分からない。
「おい、勝平」
「ん? あ──悠斗か、こないだは悪かったな」
振り返ると今度は悠斗がいた。
「いや、それくらい。俺より莉帆ちゃんを優先してやって」
悠斗も莉帆のことが好きで俺とライバルだったが、今では完全に俺の味方をしてくれている。あの日も悠斗とクリスマスイベントの打ち合わせの予定だったが、莉帆と過ごすことを選ばせてくれた。
「クリスマス……また出るなら絶対聴きに行く、って莉帆ちゃん言ってたし。今度は自分で誘えよ。まぁ、あれ次第やけどな」
「ああ……」
「それより、中島のこと聞いたか?」
「いや?」
会えばだいたい莉帆の話か、たまに仕事のことだ。まれに同級生たちの話題も聞くが、特に興味はない。
「あいつ──旦那と離婚の方向で別居中らしいわ」
「──マジで?」
「俺、ちょっと前から相談されてて……決めたみたいやわ。それで聞いたんやけど勝平──なぁ、あいつのことどう思ってる?」
「は?」