ネイビーブルーの恋~1/fゆらぎ~
第30話 恋心 ─side 加奈子─
勝平とは実家が近所で、物心ついたときには一緒に遊んでいた。だいたいは同年代の子供たちと一緒に公園で、たまに誰かの家で。
幼稚園に入ってからもそれは変わらず、習い事の合間に近所を自転車で走り回っていた。私は女友達と遊ぶことも増えたし持っているおもちゃも女の子向けの人形などが増え、それが勝平には合わなかったようで彼はあまり遊びに来なくなった。
それでも近所には変わりないので、小学校は同じだった。授業が終わって帰るとき、何人かで歩いてきても最後に残るのは私と勝平だ。
「おかえり。あんたら仲良ぇなぁ」
近所に住んでいたお年寄りの言葉だ。
いつも数人で道端でお喋りをしていて、私たちの通学を見守ってくれていた。私は特に勝平と仲良くしているつもりはなかったけど、いつも一緒に帰ってくるからそう見えていたらしい。
「はぁ? 仲良くないし!」
「ははっ、元気やな」
勝平は走って行ってしまい、私もそのまま自分の家に入った。
仲良くしているつもりは──なかったけど。むしろ、仲良くはしたくなかったけど。
高学年になる頃には、彼がイケメンだと気付いてしまっていた。周りはそれほど気にしてなかったけど、他の男子とは何かが違っていた。
そして──。
「加奈子ちゃん、高梨君てどんな子がタイプ?」
中学に入ってからできた友達に勝平のことを聞かれることが増えた。彼はその頃から女子たちにモテ始め、私も例に漏れなかった。まず外見が整っていたし、成績も優秀だった。背は平均よりは高いほうで、運動神経はずば抜けていた。
けれど彼はその当時は、女子にはモテていたけれど彼女はいなかった。告白されて断った理由を男子たちで話してるのを聞いていると、『そもそもどんな子か知らんし。顔が良いとか言われてもな』と言っていることが多かった。フラれた子には同情するけど、勝平の意見にも同意できる。
彼の父親が通り魔に襲われたのはその頃だったと思う。幸い命に別状はなかったけど、怪我の治療のために何週間も入院していた。
「高梨君、お父さんの調子はどう?」
「まぁ大丈夫そうやわ、致命的な傷はなかったらしい」
「良かった……お見舞い行って良いんかな」
「良いんちゃう? 傷口が痛いとか言ってるけど元気そうやし」
「じゃあ一緒に──」
「俺、今日は塾やし、じゃあな」
何度かお見舞いに誘ったけど、全て何かしらの理由をつけて断られてしまった。その理由は全て本当だったらしいけど。
彼に好きだと伝えられないまま中学を卒業し、高校からは違う学校になった。でも家が近いから見かけることは何度かあって、その度に彼は男らしくなっていった。もしかすると彼女でもできたのかと思うこともあったけど、確認はできていない。
勝平が好きな気持ちは変わらなかったけど付き合える気配はなかったし、大学に入ってから私は彼氏ができた。一年と二年の合同授業があって、そのときよく近くに座っていた二年の先輩だった。彼とはそれから定期的に会っていたけど、彼が先に就職してから──音信不通になった。
就職活動を始めた頃、何の仕事をしたいのか全くわからなかった。学校の先生は向いていないし、銀行が将来安泰と言われていたけどそんな時代は終わったし、大学院に行く気はなかった。そんなとき、風の噂で『勝平は父親の事件の影響で警察官を目指すらしい』と聞いた。私も何となく受けてみると、試験に合格してしまった。
警察学校に入り、生活は一変した。
それまでののんびりした暮らしとは違い、ほとんど分刻みのスケジュールで、授業内容も聞いたことのないことばかりでついていくだけで精一杯だった。
「あれ? ウスコ?」
ウスコ──それは、私のあだ名だ。旧姓が臼井だったので、臼井加奈子を略してウスコと呼ぶのは、他でもない高梨勝平だ。そんな変なあだ名をつけられたときはイラつきもしたけど、嫌いにならなかったのはやはり彼が格好良かったからだ。
「……いつまでそのあだ名で呼ぶつもり?」
「良いやん別に。それより、ウスコおったの知らんかったな」
久々に見た彼は、以前よりも格好良くなっていた。大人になって、いろいろな経験を積んでいるのだろうか。
「何となく受けたら合格して、他にも内定もらってたけどピンと来るのなかったし。高梨君は? ……お父さんの?」
「まぁな。あの頃から警察に憧れてたからな」
「ふぅん……」
勝平ならきっと優秀な警察官になるだろうと思ったけど、そのときは言わないでおいた。私と彼が話しているのを見ていた同期たち──特に女性たちから、勝平のことを教えてほしいと頼まれる日々が始まってしまった。
交番勤務を数年経て総務課に配属され、また覚えることが増えた。それでも合格当初に比べると警察の仕事が好きになっていたし、同期たちと集まることも多くて毎日が充実していた。何より一番の支えだったのは、先輩警察官と付き合いだしたことだ。彼は勝平ほどではなかったけど格好良かったし、仕事ができるし、頼りにしていた。
交際は順調で、周りの人たちも応援してくれて、結婚することになった。苗字が臼井から中島に変わり、勝平も私をウスコとは呼ばなくなった。仕事のことはお互いに理解しているし、勤務地は二人とも警察署だったので生活リズムもだいたい似ていた。警察官に共通していると思うけど正義感は強かったし、いつも私のことを考えてくれていた。
それでもやはり、男という生き物は若い女の子に目がいってしまうようで──。
勝平が莉帆を連れてきたバーベキューから数ヵ月後、夫が浮気していたことが発覚した。相手は呑み屋の女の子で、関係は数年ほど続いていたらしい。
彼は警察を自主退職し、離婚することになった。お盆に莉帆と会ったのは、ちょうどその時期だ。勝平とのことは応援するつもりでいたけど、彼が莉帆の何を気に入ったのか私にはわからなかった。彼の仕事を応援しているのはよく分かったけど、その気持ちなら私も同じだ。
だから──もう一度、彼が独身のうちにダメ元でアピールしてみることにした。とはいえ、勝平と話す時間はそれほど多くはない。どちらかというと同じく同期の悠斗のほうが連絡が取れるし、もっと多いのは莉帆だ。
莉帆よりも私のほうが勝平と過ごした時間は長いし、多くのことを知っているし、家のことも少しは知っていた。だから莉帆との会話でいちいちそれを出してみたりした。
「勝平って、子供の頃から正義感強かったんですか?」
「そうやなぁ。人が嫌がることする子ではなかったかな。好きな子にイタズラしたりもなかったし……私とも別に、仲良くないわ、って言いながら一緒に帰ってくれたし……、告白されて断るにしても、顔とか外見を理由にはしてなかったわ」
「加奈子さんは……勝平とは……」
「ははっ、付き合ってたら今ごろ……。中学まではだいたい一緒にいたけど、それだけで……気づいてくれんかったわ。私、何やったんやろ。近所の人に両片想いみたいに見られてて、高梨君のお母さんにも気に入ってもらってて……楽しかったんやけどなぁ」
幼稚園に入ってからもそれは変わらず、習い事の合間に近所を自転車で走り回っていた。私は女友達と遊ぶことも増えたし持っているおもちゃも女の子向けの人形などが増え、それが勝平には合わなかったようで彼はあまり遊びに来なくなった。
それでも近所には変わりないので、小学校は同じだった。授業が終わって帰るとき、何人かで歩いてきても最後に残るのは私と勝平だ。
「おかえり。あんたら仲良ぇなぁ」
近所に住んでいたお年寄りの言葉だ。
いつも数人で道端でお喋りをしていて、私たちの通学を見守ってくれていた。私は特に勝平と仲良くしているつもりはなかったけど、いつも一緒に帰ってくるからそう見えていたらしい。
「はぁ? 仲良くないし!」
「ははっ、元気やな」
勝平は走って行ってしまい、私もそのまま自分の家に入った。
仲良くしているつもりは──なかったけど。むしろ、仲良くはしたくなかったけど。
高学年になる頃には、彼がイケメンだと気付いてしまっていた。周りはそれほど気にしてなかったけど、他の男子とは何かが違っていた。
そして──。
「加奈子ちゃん、高梨君てどんな子がタイプ?」
中学に入ってからできた友達に勝平のことを聞かれることが増えた。彼はその頃から女子たちにモテ始め、私も例に漏れなかった。まず外見が整っていたし、成績も優秀だった。背は平均よりは高いほうで、運動神経はずば抜けていた。
けれど彼はその当時は、女子にはモテていたけれど彼女はいなかった。告白されて断った理由を男子たちで話してるのを聞いていると、『そもそもどんな子か知らんし。顔が良いとか言われてもな』と言っていることが多かった。フラれた子には同情するけど、勝平の意見にも同意できる。
彼の父親が通り魔に襲われたのはその頃だったと思う。幸い命に別状はなかったけど、怪我の治療のために何週間も入院していた。
「高梨君、お父さんの調子はどう?」
「まぁ大丈夫そうやわ、致命的な傷はなかったらしい」
「良かった……お見舞い行って良いんかな」
「良いんちゃう? 傷口が痛いとか言ってるけど元気そうやし」
「じゃあ一緒に──」
「俺、今日は塾やし、じゃあな」
何度かお見舞いに誘ったけど、全て何かしらの理由をつけて断られてしまった。その理由は全て本当だったらしいけど。
彼に好きだと伝えられないまま中学を卒業し、高校からは違う学校になった。でも家が近いから見かけることは何度かあって、その度に彼は男らしくなっていった。もしかすると彼女でもできたのかと思うこともあったけど、確認はできていない。
勝平が好きな気持ちは変わらなかったけど付き合える気配はなかったし、大学に入ってから私は彼氏ができた。一年と二年の合同授業があって、そのときよく近くに座っていた二年の先輩だった。彼とはそれから定期的に会っていたけど、彼が先に就職してから──音信不通になった。
就職活動を始めた頃、何の仕事をしたいのか全くわからなかった。学校の先生は向いていないし、銀行が将来安泰と言われていたけどそんな時代は終わったし、大学院に行く気はなかった。そんなとき、風の噂で『勝平は父親の事件の影響で警察官を目指すらしい』と聞いた。私も何となく受けてみると、試験に合格してしまった。
警察学校に入り、生活は一変した。
それまでののんびりした暮らしとは違い、ほとんど分刻みのスケジュールで、授業内容も聞いたことのないことばかりでついていくだけで精一杯だった。
「あれ? ウスコ?」
ウスコ──それは、私のあだ名だ。旧姓が臼井だったので、臼井加奈子を略してウスコと呼ぶのは、他でもない高梨勝平だ。そんな変なあだ名をつけられたときはイラつきもしたけど、嫌いにならなかったのはやはり彼が格好良かったからだ。
「……いつまでそのあだ名で呼ぶつもり?」
「良いやん別に。それより、ウスコおったの知らんかったな」
久々に見た彼は、以前よりも格好良くなっていた。大人になって、いろいろな経験を積んでいるのだろうか。
「何となく受けたら合格して、他にも内定もらってたけどピンと来るのなかったし。高梨君は? ……お父さんの?」
「まぁな。あの頃から警察に憧れてたからな」
「ふぅん……」
勝平ならきっと優秀な警察官になるだろうと思ったけど、そのときは言わないでおいた。私と彼が話しているのを見ていた同期たち──特に女性たちから、勝平のことを教えてほしいと頼まれる日々が始まってしまった。
交番勤務を数年経て総務課に配属され、また覚えることが増えた。それでも合格当初に比べると警察の仕事が好きになっていたし、同期たちと集まることも多くて毎日が充実していた。何より一番の支えだったのは、先輩警察官と付き合いだしたことだ。彼は勝平ほどではなかったけど格好良かったし、仕事ができるし、頼りにしていた。
交際は順調で、周りの人たちも応援してくれて、結婚することになった。苗字が臼井から中島に変わり、勝平も私をウスコとは呼ばなくなった。仕事のことはお互いに理解しているし、勤務地は二人とも警察署だったので生活リズムもだいたい似ていた。警察官に共通していると思うけど正義感は強かったし、いつも私のことを考えてくれていた。
それでもやはり、男という生き物は若い女の子に目がいってしまうようで──。
勝平が莉帆を連れてきたバーベキューから数ヵ月後、夫が浮気していたことが発覚した。相手は呑み屋の女の子で、関係は数年ほど続いていたらしい。
彼は警察を自主退職し、離婚することになった。お盆に莉帆と会ったのは、ちょうどその時期だ。勝平とのことは応援するつもりでいたけど、彼が莉帆の何を気に入ったのか私にはわからなかった。彼の仕事を応援しているのはよく分かったけど、その気持ちなら私も同じだ。
だから──もう一度、彼が独身のうちにダメ元でアピールしてみることにした。とはいえ、勝平と話す時間はそれほど多くはない。どちらかというと同じく同期の悠斗のほうが連絡が取れるし、もっと多いのは莉帆だ。
莉帆よりも私のほうが勝平と過ごした時間は長いし、多くのことを知っているし、家のことも少しは知っていた。だから莉帆との会話でいちいちそれを出してみたりした。
「勝平って、子供の頃から正義感強かったんですか?」
「そうやなぁ。人が嫌がることする子ではなかったかな。好きな子にイタズラしたりもなかったし……私とも別に、仲良くないわ、って言いながら一緒に帰ってくれたし……、告白されて断るにしても、顔とか外見を理由にはしてなかったわ」
「加奈子さんは……勝平とは……」
「ははっ、付き合ってたら今ごろ……。中学まではだいたい一緒にいたけど、それだけで……気づいてくれんかったわ。私、何やったんやろ。近所の人に両片想いみたいに見られてて、高梨君のお母さんにも気に入ってもらってて……楽しかったんやけどなぁ」