ネイビーブルーの恋~1/fゆらぎ~
第31話 信じる相手
「赤坂さん、最近また彼氏と会えてないん違うん?」
仕事をしながら聞いてきたのは、莉帆の隣に座る先輩だ。莉帆の服装が幸せなときほどお洒落になることは既に先輩たちに知られていて、この日の莉帆は見るからに手抜きな服装だった。勝平とはお盆明けに一度だけ会って、それから数週間経った。
「そうなんですけど……どうしようもないから」
「サプライズで行ったったら? 住んでるとこ知ってんやろ?」
「知ってるけど、迷惑ですよ。いてない可能性もあるし」
「ああ、そうか……」
合鍵ももらっていないので、留守の場合は帰るしかない。
勝平には会えていないけれど、加奈子とは何度か週末に会えていた。忙しそうだと言っていたので、連絡は来るまで待った方がいい。
「それより、気になることがあって」
「なになに? どうしたん?」
話には他の先輩も参加していた。けれど勝平が警察だと知らない同僚たちもおそらく聞いているので、あまり具体的な単語は使えない。
「同期の女の人が相談乗ってくれるんですけど」
「うんうん、言ってたなぁ。ちょっとは気紛れてるん違うん?」
「そうなんですけど、その人が、妙に……マウント取ってる気がしてきて」
加奈子は勝平の幼馴染みだと、少し前に教えてもらった。だから勝平のことに詳しいのか、と初めは思っていたけれど、だんだんと違う一面が見えてきた。バーベキューのときから『付き合っていないのか』と何度も聞かれたし、彼に先に目をつけられていた、と話したときはほんの一瞬だけ表情が雲って見えた。もしかすると加奈子は勝平のことが好きだったのではないかと思い始め、そう考えると彼女の言葉の全てに勝平への想いが込められている気がしてきていた。
「その人……彼氏と付き合ってたん?」
「いえ、それはなかったみたいです」
気になって、莉帆は勝平にLINEで聞いていた。なかなか既読にならず、既読になってからもしばらく返信はなかったけれど、それから数日後の夜に電話がかかってきた。
『何も心配せんでいい。あいつとは何もないから』
「うん……でも、加奈子さんが勝平のこと、こんなこととかあんなこととか、何でも知ってるんや、みたいに話すから……」
『だから、何もないって。単に幼馴染みなだけ』
「そうなん? 加奈子さんが……勝平は気付いてくれんかった、って言ってて……」
莉帆は加奈子にも、勝平と付き合っていたのかと聞いていた。すぐに否定されたけれど、悲しそうな顔をしながら、好きだったけど気付いてくれなかった、と言った。それが本当なのか、勝平にも確かめたかった。
『──らしいな。俺、ほんまに気付いてなかったわ。嫌なこと言われたんか?』
「そんなに気にするほどではないけど……普通に話しながらでも、すぐ勝平の子供のときのこと話し出したり、親のことも知ってるからどうの、とか……別に、加奈子さんが勝平と仲良くても良いんやけど、言い方が引っ掛かるから……」
お盆に加奈子が言っていた〝刺激が欲しいのでは?〟という言葉は、そのときは〝勝平と何かを体験する〟としか思わなかったけれど、〝良くない意味で勝平を惑わせる〟つもりなのだと気づいた。
『ごめんな……俺のせいやな。気付いて何とかしてたら良かったな』
それはそれで、もしも加奈子と付き合っていたら莉帆とは出会っていないので寂しくなるけれど。
『悠斗から聞いたんやけど、あいつ、旦那の浮気で離婚するらしくてな』
「えっ」
『悠斗に相談してて、そのとき、俺と幼馴染みで、って話をしたらしいわ。子供のときもそうやったけど、あいつは、まぁ……良い奴やけど、友達止まりやわ。付き合おうと思ったことないし』
「それは、ちょっと、可愛そうな気もするけど」
『そうか……。とにかく、気にすんな。俺を、信じろ』
「うん。わかった。はは、もう……」
勝平の言葉が格好良すぎて、そんな言葉を耳元で聞けて、嬉しくて思わず笑ってしまった。
『俺、なんか変なこと言ったか?』
「ううん。……勝平のこと信じます」
『よし。あ──でも、俺はあいつに何言われてもスルーするけど、莉帆は……やっぱり嫌か……? あいつと話すのは』
「どうやろう……勝平のこと狙ってたら嫌やけど、気持ちはすごい分かる」
ずっと一緒にいた人をいつの間にか好きになっても、付き合いたいとはなかなか言い出せない。両想いだったら良いけれど、片想いだった場合はほぼ確実に気まずくなって、一緒にいるのが辛くなってしまう。そして──再び気持ちが動き始めたとき、隣に違う人がいると排除したくなる。
「加奈子さん次第かな……たぶん、寂しいんやろうし。これからも仲良くしたいな、勝平のこと、もっと聞きたいし」
『俺の、何を聞いたん? 悪ガキやったとか?』
「ううん、まぁ、そんなときもあったとは言ってたけど……好きな人のことは基本、褒めるやろ?」
『──そうやな……。まぁ、あいつのことは何とかするわ。それより、本題やけど、悠斗の送別会な』
同期たちのスケジュールを調整し、十月の中旬に開催することが決まったらしい。莉帆と佳織以外は全員が警察官で、居酒屋ではなく会席料理が出てくる日本料理屋で、それも少し高級な店になったのでお洒落をしてくるようにとの連絡だった。
「ふぅん……」
「私と彼氏をむりやり離してまで入ってくることはないと思うけど、ちょっと怖くて……でも相談にも乗ってもらってたから、力になりたくて」
加奈子には本当に助けてもらったので、このまま離れてしまうのは違う気がしていた。
「その人は、仕事辞めるん?」
「いえ、続けるみたいです。だから彼氏と付き合ってる限りは……」
「なになに、今度はどうしたん?」
女子トークに突然入ってくるのは、いつも鈴木部長だ。楽しいことが大好きな彼は、すぐに人の話題に入りたがる。
「いえ、別に……」
「俺も話に入れてぇや」
「いや、でも、ほんまに誰の話題でもないし……」
「赤坂の彼氏の話とちゃうん?」
「違っ、あ、違えへんけど……彼氏の……同僚の話です」
「ふぅん。ほな、ええわ」
部長は興味がなくなったのか、そのまま自分の席へ戻っていった。ただし莉帆の席にも近いので、話す内容はそのまま聞くはずだ。
「その……同僚の人とはこれからも仲良くしたら良いんちがう? 一番の相談相手やん?」
「そうそう。そんな人を紹介してくれて、彼氏ほんまに優しいやん」
「そうですよね……」
勝平のことは本人からも聞けるけれど、女子目線での話もできれば聞いてみたい。
ふと、加奈子に独身男性を紹介しようかと思ったけれど──、彼女のこれからの考えを聞いてから検討することにした。
仕事をしながら聞いてきたのは、莉帆の隣に座る先輩だ。莉帆の服装が幸せなときほどお洒落になることは既に先輩たちに知られていて、この日の莉帆は見るからに手抜きな服装だった。勝平とはお盆明けに一度だけ会って、それから数週間経った。
「そうなんですけど……どうしようもないから」
「サプライズで行ったったら? 住んでるとこ知ってんやろ?」
「知ってるけど、迷惑ですよ。いてない可能性もあるし」
「ああ、そうか……」
合鍵ももらっていないので、留守の場合は帰るしかない。
勝平には会えていないけれど、加奈子とは何度か週末に会えていた。忙しそうだと言っていたので、連絡は来るまで待った方がいい。
「それより、気になることがあって」
「なになに? どうしたん?」
話には他の先輩も参加していた。けれど勝平が警察だと知らない同僚たちもおそらく聞いているので、あまり具体的な単語は使えない。
「同期の女の人が相談乗ってくれるんですけど」
「うんうん、言ってたなぁ。ちょっとは気紛れてるん違うん?」
「そうなんですけど、その人が、妙に……マウント取ってる気がしてきて」
加奈子は勝平の幼馴染みだと、少し前に教えてもらった。だから勝平のことに詳しいのか、と初めは思っていたけれど、だんだんと違う一面が見えてきた。バーベキューのときから『付き合っていないのか』と何度も聞かれたし、彼に先に目をつけられていた、と話したときはほんの一瞬だけ表情が雲って見えた。もしかすると加奈子は勝平のことが好きだったのではないかと思い始め、そう考えると彼女の言葉の全てに勝平への想いが込められている気がしてきていた。
「その人……彼氏と付き合ってたん?」
「いえ、それはなかったみたいです」
気になって、莉帆は勝平にLINEで聞いていた。なかなか既読にならず、既読になってからもしばらく返信はなかったけれど、それから数日後の夜に電話がかかってきた。
『何も心配せんでいい。あいつとは何もないから』
「うん……でも、加奈子さんが勝平のこと、こんなこととかあんなこととか、何でも知ってるんや、みたいに話すから……」
『だから、何もないって。単に幼馴染みなだけ』
「そうなん? 加奈子さんが……勝平は気付いてくれんかった、って言ってて……」
莉帆は加奈子にも、勝平と付き合っていたのかと聞いていた。すぐに否定されたけれど、悲しそうな顔をしながら、好きだったけど気付いてくれなかった、と言った。それが本当なのか、勝平にも確かめたかった。
『──らしいな。俺、ほんまに気付いてなかったわ。嫌なこと言われたんか?』
「そんなに気にするほどではないけど……普通に話しながらでも、すぐ勝平の子供のときのこと話し出したり、親のことも知ってるからどうの、とか……別に、加奈子さんが勝平と仲良くても良いんやけど、言い方が引っ掛かるから……」
お盆に加奈子が言っていた〝刺激が欲しいのでは?〟という言葉は、そのときは〝勝平と何かを体験する〟としか思わなかったけれど、〝良くない意味で勝平を惑わせる〟つもりなのだと気づいた。
『ごめんな……俺のせいやな。気付いて何とかしてたら良かったな』
それはそれで、もしも加奈子と付き合っていたら莉帆とは出会っていないので寂しくなるけれど。
『悠斗から聞いたんやけど、あいつ、旦那の浮気で離婚するらしくてな』
「えっ」
『悠斗に相談してて、そのとき、俺と幼馴染みで、って話をしたらしいわ。子供のときもそうやったけど、あいつは、まぁ……良い奴やけど、友達止まりやわ。付き合おうと思ったことないし』
「それは、ちょっと、可愛そうな気もするけど」
『そうか……。とにかく、気にすんな。俺を、信じろ』
「うん。わかった。はは、もう……」
勝平の言葉が格好良すぎて、そんな言葉を耳元で聞けて、嬉しくて思わず笑ってしまった。
『俺、なんか変なこと言ったか?』
「ううん。……勝平のこと信じます」
『よし。あ──でも、俺はあいつに何言われてもスルーするけど、莉帆は……やっぱり嫌か……? あいつと話すのは』
「どうやろう……勝平のこと狙ってたら嫌やけど、気持ちはすごい分かる」
ずっと一緒にいた人をいつの間にか好きになっても、付き合いたいとはなかなか言い出せない。両想いだったら良いけれど、片想いだった場合はほぼ確実に気まずくなって、一緒にいるのが辛くなってしまう。そして──再び気持ちが動き始めたとき、隣に違う人がいると排除したくなる。
「加奈子さん次第かな……たぶん、寂しいんやろうし。これからも仲良くしたいな、勝平のこと、もっと聞きたいし」
『俺の、何を聞いたん? 悪ガキやったとか?』
「ううん、まぁ、そんなときもあったとは言ってたけど……好きな人のことは基本、褒めるやろ?」
『──そうやな……。まぁ、あいつのことは何とかするわ。それより、本題やけど、悠斗の送別会な』
同期たちのスケジュールを調整し、十月の中旬に開催することが決まったらしい。莉帆と佳織以外は全員が警察官で、居酒屋ではなく会席料理が出てくる日本料理屋で、それも少し高級な店になったのでお洒落をしてくるようにとの連絡だった。
「ふぅん……」
「私と彼氏をむりやり離してまで入ってくることはないと思うけど、ちょっと怖くて……でも相談にも乗ってもらってたから、力になりたくて」
加奈子には本当に助けてもらったので、このまま離れてしまうのは違う気がしていた。
「その人は、仕事辞めるん?」
「いえ、続けるみたいです。だから彼氏と付き合ってる限りは……」
「なになに、今度はどうしたん?」
女子トークに突然入ってくるのは、いつも鈴木部長だ。楽しいことが大好きな彼は、すぐに人の話題に入りたがる。
「いえ、別に……」
「俺も話に入れてぇや」
「いや、でも、ほんまに誰の話題でもないし……」
「赤坂の彼氏の話とちゃうん?」
「違っ、あ、違えへんけど……彼氏の……同僚の話です」
「ふぅん。ほな、ええわ」
部長は興味がなくなったのか、そのまま自分の席へ戻っていった。ただし莉帆の席にも近いので、話す内容はそのまま聞くはずだ。
「その……同僚の人とはこれからも仲良くしたら良いんちがう? 一番の相談相手やん?」
「そうそう。そんな人を紹介してくれて、彼氏ほんまに優しいやん」
「そうですよね……」
勝平のことは本人からも聞けるけれど、女子目線での話もできれば聞いてみたい。
ふと、加奈子に独身男性を紹介しようかと思ったけれど──、彼女のこれからの考えを聞いてから検討することにした。