ネイビーブルーの恋~1/fゆらぎ~
第8話 安心感と不信感
『ええっ、それで、何て返事したん?』
勝平と二人で会った翌日、莉帆は佳織にLINEを送った。三人で会う予定だったはずが、悠斗が急に来れなくなったこと、勝平と二人で飲みに行ったこと、そして次も二人で会いたいと言われたこと。
「とりあえず、OKしたよ。私も嫌な気はせんかったし」
『なるほどね。もう平気なん?』
「どうやろう……でも、佳織が保証できるって言ってたのは、なんとなく分かった。あの人なら平気かも」
『告白されたらどうする? あ、でも岩倉さんもいるなぁ』
勝平が二人で会いたいと言った時点で、莉帆も同じことを考えていた。結果、悠斗とも二人で会って彼が何を言うのか聞いて、改めて素面の状態で会いたいと思った。莉帆はまだ二人のことは友達としか認識していない。だから付き合う話をされたときは、考える時間が欲しいと言うつもりだった。
『高梨さんが莉帆のこと気になってるのは確かやと思うわ。旅行の頃の印象だけで言うとやけど。莉帆はどうなん? 今はまだ無理なんやろうけど……ちょっとは気になってるんちがうん?』
「うーん……そうなんかなぁ……」
『違うとは言えへんあたり、そうなんやな』
「えっ……それは……。何て言うんやろう、二人とも妙に安心感があるから、気になるというより、そっちが大きい」
『確かにそれはあるなぁ』
二人とも格好良くはあるけれど、よくある〝普通のOLがイケメンに出会って緊張しすぎて話せない〟という状況には全くならなかった。安心感が強すぎて、何でも話せてしまった。
──けれど勝平とカラオケに行く約束をした金曜の昼休憩のとき、仕事が入って無理になった、と連絡が入っていた。遊びに行くつもりで少しだけお洒落をして出勤していたけれど無駄になってしまった。先輩たちにも事情は知られていたので、キャンセルになった、と話すと、同じ方向に帰る数名がディナーに誘ってくれた。
「ほんまに仕事なんかなぁ。その人、イケメンなんやろ? 他に気になる人できたとか言うんちゃうやろなぁ? もしそうやったら怒りや。何やったら、私が代わりに怒ったんで」
先輩たちはそう言っていたけれど、莉帆にはそうは思えなかった。話をするときは真剣に聞いてくれていたし、連絡も最近は頻度が上がってきていたし、職場が男だらけで彼女ができる気配はない、と悠斗と一緒に嘆いていた。
何より莉帆が、そう思いたくなくなってきていた。
少しずつではあるけれど元彼の恐怖は薄れつつあって、勝平と悠斗に興味が湧いていた。莉帆が旅先で悩みを打ち明けたときから〝相談に乗る〟と言ってくれていたし、趣味や食べ物の好みも似ているし、会えてはいないけれど悠斗もときどき連絡をくれていた。そんな二人のことを考えている時間がいつの間にか増えた。佳織も保証してくれていたし、信じていたかった。
それでも連絡がない日が続くと不安になって、ため息ばかりになる。優しさや親しみやすさは気のせいだったのか、と信頼も薄れてしまう。悠斗にも勝平にもドタキャンされているので、悪い方にばかり考えてしまう。
「赤坂、最近どうしたん? 元気ないやん」
鈴木部長が近くを通り、話しかけてきた。
「部長、そっとしといてあげてください、悩めるお年頃やから」
莉帆が何も言えずにいると、近くに座る先輩がフォローしてくれた。
「そうか……なんか、触れたらあかん感じやな……。あ、そうや、赤坂、小野が呼んでるで」
小野俊介は鈴木部長の部下で、年齢は四十手前だ。莉帆とは部署は違うけれど、仕事上では関係があるので話すことが多い。
莉帆はため息をつきながら立ち上がり、俊介の姿を探した。彼は事務所に姿はなく、莉帆の部署が管理している倉庫で探し物をしているらしい。倉庫に着くとちょうど探し物が見つかったようで、莉帆の出番はなかった。彼にも〝元気がない〟と心配されたけれど、莉帆は何でもないと笑った。
ようやく勝平と連絡がついたのは、十二月になってからだった。帰宅してからのんびりしていると電話がかかってきた。
『連絡遅くなってごめん!』
「いえ……仕事って言ってたし、仕方ないです」
それに彼は莉帆が責められる相手ではない。友人かもしれないけれど、恋人ではない。
『もしかして……怒ってる?』
「怒ってないです」
それは事実ではあるけれど、莉帆の声は少し震えていた。長らく連絡がなかった悲しさと久々に声が聞けた嬉しさで泣いてしまいそうだった。堪えようとしたせいで、放つ言葉が余計に冷たくなってしまった。
『やっぱりまだ──俺のこと信用してない? 趣味とかは話したけど、仕事も住んでるとこも言ってないし……』
「それは、ないです」
莉帆も詳しくは話していないので、彼らが言うまでは詳しく聞かないつもりにしていた。本当に信用できるかどうかは、深い関係になってから聞けば良いと思っていた。
「こないだ遊ぶ約束したけど……ちょっとだけ時間ください」
『え? 二人でカラオケって言ってたやつ?』
「はい。楽しみにしてたんですけど、やっぱりまだ、二人になるのは怖くて……」
『それは、──元彼の影響で?』
「薄れてはきてるけど、探されてるかもって思ったら怖くて、夜も怖いんです。見つかったら何されるか……」
『……ごめん、思い出したくないやろうけど、何されたか教えてもらえるかな』
「それは……、出掛けるときは誰と会うとか、何時に帰るとか、全部報告させられて、家でも、叩かれたり、物投げられたり……、後になって謝ってくれる日もあったけど、怖くて……。ちょっとでも帰りが遅くなったら、探しに来られたり……」
莉帆はそれ以上は言葉が続かなかった。何を言おうとしたのかは、勝平はおそらく察してくれていた。泣き声になっていたので、落ち着くまで待ってくれていた。
『嫌なこと思い出させてごめん』
「良いんです、いつかは、話そうと思ってたから」
それは勝平と悠斗のことをある程度は信じていたからだ。いつかはもっと仲良くなって、何でも話せる相手になるとずっと信じていた。
現時点で信じていないわけではないけれど──。
「ごめんなさい、落ち着いたら、連絡します」
そう言って、莉帆は一方的に電話を切ってしまった。
そしてすぐに、悪いことをしてしまった、とすごく後悔した。勝平が仕事と言っていたのが本当なら、違う日の予定を考えてくれていたのかもしれない。夜が嫌なら昼間にと、言ってくれたかもしれない。なのに莉帆は彼の話は何も聞かず、勝手に電話を切った。
けれど──時間が欲しいのも本当だ。彼との関係のことではなく、元彼のことを完全に忘れてしまう時間が欲しかった。仕事以外ではなるべく、同年代の男性とは会いたくなかった。
『でも、一回は約束したんやろ?』
気持ちの整理がついたらまず勝平に謝りなさい、と佳織に怒られた。
「わかってる……。どうしたいんか、自分でもわからん」
勝平とは、もちろん悠斗とも仲良くしたい。
でも情報が少ないので、安心はできていない。
元彼の暴力からの男性恐怖も残っているので、まだまだ二人きりにされるのは怖い。
「会社の人も、他に女の人が、とか言うから、余計に気になって」
『それは、ないと思う。絶対とは言われへんけど、そんな人には見えへんし……それに莉帆、旅行の前、奈良で“大吉引いた”やん。信じてみ? 良いことあるって!』
「そうかなぁ」
『そうやって。……今年は無理やけど、年明けてから会おうよ、愚痴とか聞くし』
佳織は年が明けてから、実家に帰る予定があるらしい。その途中に莉帆と会って、話を聞いてくれると言っていた。
「やっぱり──佳織がいたら心強い」
『ふふ、ありがとう。……元彼のこと、もうちょっと詳しく二人に話しといた方が良いかもなぁ』
それは莉帆もずっと考えていたことだ。大まかにはだいたい話してあるけれど、細かいことはまだまだ残っている。話すことで莉帆の心が晴れるかもしれないし、何か助言をくれるかもしれない。もしも面倒くさいと思われた場合は──彼らとの関係はそこで終わりだ。
勝平と二人で会った翌日、莉帆は佳織にLINEを送った。三人で会う予定だったはずが、悠斗が急に来れなくなったこと、勝平と二人で飲みに行ったこと、そして次も二人で会いたいと言われたこと。
「とりあえず、OKしたよ。私も嫌な気はせんかったし」
『なるほどね。もう平気なん?』
「どうやろう……でも、佳織が保証できるって言ってたのは、なんとなく分かった。あの人なら平気かも」
『告白されたらどうする? あ、でも岩倉さんもいるなぁ』
勝平が二人で会いたいと言った時点で、莉帆も同じことを考えていた。結果、悠斗とも二人で会って彼が何を言うのか聞いて、改めて素面の状態で会いたいと思った。莉帆はまだ二人のことは友達としか認識していない。だから付き合う話をされたときは、考える時間が欲しいと言うつもりだった。
『高梨さんが莉帆のこと気になってるのは確かやと思うわ。旅行の頃の印象だけで言うとやけど。莉帆はどうなん? 今はまだ無理なんやろうけど……ちょっとは気になってるんちがうん?』
「うーん……そうなんかなぁ……」
『違うとは言えへんあたり、そうなんやな』
「えっ……それは……。何て言うんやろう、二人とも妙に安心感があるから、気になるというより、そっちが大きい」
『確かにそれはあるなぁ』
二人とも格好良くはあるけれど、よくある〝普通のOLがイケメンに出会って緊張しすぎて話せない〟という状況には全くならなかった。安心感が強すぎて、何でも話せてしまった。
──けれど勝平とカラオケに行く約束をした金曜の昼休憩のとき、仕事が入って無理になった、と連絡が入っていた。遊びに行くつもりで少しだけお洒落をして出勤していたけれど無駄になってしまった。先輩たちにも事情は知られていたので、キャンセルになった、と話すと、同じ方向に帰る数名がディナーに誘ってくれた。
「ほんまに仕事なんかなぁ。その人、イケメンなんやろ? 他に気になる人できたとか言うんちゃうやろなぁ? もしそうやったら怒りや。何やったら、私が代わりに怒ったんで」
先輩たちはそう言っていたけれど、莉帆にはそうは思えなかった。話をするときは真剣に聞いてくれていたし、連絡も最近は頻度が上がってきていたし、職場が男だらけで彼女ができる気配はない、と悠斗と一緒に嘆いていた。
何より莉帆が、そう思いたくなくなってきていた。
少しずつではあるけれど元彼の恐怖は薄れつつあって、勝平と悠斗に興味が湧いていた。莉帆が旅先で悩みを打ち明けたときから〝相談に乗る〟と言ってくれていたし、趣味や食べ物の好みも似ているし、会えてはいないけれど悠斗もときどき連絡をくれていた。そんな二人のことを考えている時間がいつの間にか増えた。佳織も保証してくれていたし、信じていたかった。
それでも連絡がない日が続くと不安になって、ため息ばかりになる。優しさや親しみやすさは気のせいだったのか、と信頼も薄れてしまう。悠斗にも勝平にもドタキャンされているので、悪い方にばかり考えてしまう。
「赤坂、最近どうしたん? 元気ないやん」
鈴木部長が近くを通り、話しかけてきた。
「部長、そっとしといてあげてください、悩めるお年頃やから」
莉帆が何も言えずにいると、近くに座る先輩がフォローしてくれた。
「そうか……なんか、触れたらあかん感じやな……。あ、そうや、赤坂、小野が呼んでるで」
小野俊介は鈴木部長の部下で、年齢は四十手前だ。莉帆とは部署は違うけれど、仕事上では関係があるので話すことが多い。
莉帆はため息をつきながら立ち上がり、俊介の姿を探した。彼は事務所に姿はなく、莉帆の部署が管理している倉庫で探し物をしているらしい。倉庫に着くとちょうど探し物が見つかったようで、莉帆の出番はなかった。彼にも〝元気がない〟と心配されたけれど、莉帆は何でもないと笑った。
ようやく勝平と連絡がついたのは、十二月になってからだった。帰宅してからのんびりしていると電話がかかってきた。
『連絡遅くなってごめん!』
「いえ……仕事って言ってたし、仕方ないです」
それに彼は莉帆が責められる相手ではない。友人かもしれないけれど、恋人ではない。
『もしかして……怒ってる?』
「怒ってないです」
それは事実ではあるけれど、莉帆の声は少し震えていた。長らく連絡がなかった悲しさと久々に声が聞けた嬉しさで泣いてしまいそうだった。堪えようとしたせいで、放つ言葉が余計に冷たくなってしまった。
『やっぱりまだ──俺のこと信用してない? 趣味とかは話したけど、仕事も住んでるとこも言ってないし……』
「それは、ないです」
莉帆も詳しくは話していないので、彼らが言うまでは詳しく聞かないつもりにしていた。本当に信用できるかどうかは、深い関係になってから聞けば良いと思っていた。
「こないだ遊ぶ約束したけど……ちょっとだけ時間ください」
『え? 二人でカラオケって言ってたやつ?』
「はい。楽しみにしてたんですけど、やっぱりまだ、二人になるのは怖くて……」
『それは、──元彼の影響で?』
「薄れてはきてるけど、探されてるかもって思ったら怖くて、夜も怖いんです。見つかったら何されるか……」
『……ごめん、思い出したくないやろうけど、何されたか教えてもらえるかな』
「それは……、出掛けるときは誰と会うとか、何時に帰るとか、全部報告させられて、家でも、叩かれたり、物投げられたり……、後になって謝ってくれる日もあったけど、怖くて……。ちょっとでも帰りが遅くなったら、探しに来られたり……」
莉帆はそれ以上は言葉が続かなかった。何を言おうとしたのかは、勝平はおそらく察してくれていた。泣き声になっていたので、落ち着くまで待ってくれていた。
『嫌なこと思い出させてごめん』
「良いんです、いつかは、話そうと思ってたから」
それは勝平と悠斗のことをある程度は信じていたからだ。いつかはもっと仲良くなって、何でも話せる相手になるとずっと信じていた。
現時点で信じていないわけではないけれど──。
「ごめんなさい、落ち着いたら、連絡します」
そう言って、莉帆は一方的に電話を切ってしまった。
そしてすぐに、悪いことをしてしまった、とすごく後悔した。勝平が仕事と言っていたのが本当なら、違う日の予定を考えてくれていたのかもしれない。夜が嫌なら昼間にと、言ってくれたかもしれない。なのに莉帆は彼の話は何も聞かず、勝手に電話を切った。
けれど──時間が欲しいのも本当だ。彼との関係のことではなく、元彼のことを完全に忘れてしまう時間が欲しかった。仕事以外ではなるべく、同年代の男性とは会いたくなかった。
『でも、一回は約束したんやろ?』
気持ちの整理がついたらまず勝平に謝りなさい、と佳織に怒られた。
「わかってる……。どうしたいんか、自分でもわからん」
勝平とは、もちろん悠斗とも仲良くしたい。
でも情報が少ないので、安心はできていない。
元彼の暴力からの男性恐怖も残っているので、まだまだ二人きりにされるのは怖い。
「会社の人も、他に女の人が、とか言うから、余計に気になって」
『それは、ないと思う。絶対とは言われへんけど、そんな人には見えへんし……それに莉帆、旅行の前、奈良で“大吉引いた”やん。信じてみ? 良いことあるって!』
「そうかなぁ」
『そうやって。……今年は無理やけど、年明けてから会おうよ、愚痴とか聞くし』
佳織は年が明けてから、実家に帰る予定があるらしい。その途中に莉帆と会って、話を聞いてくれると言っていた。
「やっぱり──佳織がいたら心強い」
『ふふ、ありがとう。……元彼のこと、もうちょっと詳しく二人に話しといた方が良いかもなぁ』
それは莉帆もずっと考えていたことだ。大まかにはだいたい話してあるけれど、細かいことはまだまだ残っている。話すことで莉帆の心が晴れるかもしれないし、何か助言をくれるかもしれない。もしも面倒くさいと思われた場合は──彼らとの関係はそこで終わりだ。