捨てられ令嬢ですが、一途な隠れ美形の竜騎士さまに底なしの愛を注がれています。
「もういい! 俺はメリーナみたいな可愛げのない女とは結婚しない! この婚約は、破棄だ!」
「は?」
「俺は彼女と結婚する。だから、お前は用済みなんだよ!」

 アードリアンさまがそう叫んで、立ち上がる。形勢逆転とばかりに私を見下ろす彼の目には、明らかな蔑み。

 ……散々向けられてきた視線。心臓が、きゅっと縮まった。

「そもそも、お前との婚約だってこっちからすればメリットなんてないんだ! だから、困るのはお前のほうだ」

 確かに、それはそうだ。私の実家であるスルピアネク子爵家と、アードリアンさまのご実家ブレイナンス伯爵家。この二つの力関係は、あちらが上。婚約だって、父が頭を下げて取り付けてきたものだと耳に挟んだことがある。

(……どうしようかしら)

 正直、謝ればまだ許してもらえる状況にあるとは思う。……が。この男に頭を下げるなんて、絶対にごめんだ。

 ついでに言えば、私はこんな堂々と浮気をするような男と結婚したくない。

「ふん、今謝れば、まだ許してやらんことも……」

 胸を張ったアードリアンさまの言葉に、私はハッとする。

 ……そもそもな話。私は両親に恩はない。ということは、別に両親のために謝る必要なんてないのでは……?

(そうよ。そうだわ。別にここで婚約が破棄されようが、構わない)

 そう思ったからこそ、私はアードリアンさまの顔を見上げる。彼がニタニタと笑っている。

 多分、私が頭を下げて許しを請うことを待っているのだ。

 それに気が付いたからこそ。私は勢いよく立ち上がった。

「そんなの絶対に――ごめんだわ!」

 大きく手を振りかぶって、私はアードリアンさまの頬を平手打ちした。

 バシン! といういい音が聞こえる。不意を突かれたような間抜けな表情をするアードリアンさまを、私はにらみつけた。

「あなたに謝るなんて絶対にごめんだわ。だから、その婚約破棄――承ります」

 はっきりとそう宣言して、私は踵を返す。

 ……心は清々しい。けれど、この後のことを考えて――ちょっぴり、不安を抱く。

(はぁ、責められるんだろうなぁ)

 いっそ、このまま逃げ出そうか。そう考えてしまうほどに、私の気持ちは重たかった。
< 3 / 43 >

この作品をシェア

pagetop