イケメン御曹司は、親友の妹を溺愛して離さない
さっきのキスは、なかったことにしよう。
ていうか、グラス5つをまとめて運ぶのって、意外と重くて大変だな。
「依茉ちゃん、待って」
先輩に呼ばれたけど、わたしは聞こえていないフリをする。
「ねぇ。コップ、たくさん持つの大変そうだね。手伝おうか?」
「結構です。先輩といると、ろくな事がないので」
「ひどいなぁ、依茉ちゃん。だけど……」
「あっ」
先輩は、わたしの持っているトレイからグラスをふたつ、奪うようにして取った。
「こんな俺でも、ふらつきながら前を歩いていくクラスメイトを、見て見ぬふりはできないから」
そう言って先輩は左右の手でひとつずつグラスを持ち、わたしの隣を歩く。
「俺の部屋も、依茉ちゃんと同じ方向なんだ」
それから先輩は、わたしと一緒にカラオケルームまでグラスを運んでくれた。
「依茉ちゃん、ドリンクありがとう……ってあれ。一堂先輩じゃないですか!」
「良かったら、あたしたちと一緒に歌いませんか?」
「せっかくだけど、また今度ね。俺、今日は彼女と来てるから」
グラスを部屋のテーブルに置き、真織たちの誘いを断ると、先輩は階段のほうへと戻り、急いで上へとのぼっていった。
「先輩……部屋が同じ方向だなんて、嘘じゃない」
それなのに、わざわざグラスを一緒に運んでくれるなんて。
最低な人だとばかり思っていたけど……優しいところもあるのかな。
「ありがとうございます」
わたしは一人、小声で先輩にお礼を言ったのだった。