腹黒弁護士に囚われて、迫られて。ー輝かしいシンボルタワーで寵愛されていますー
その声を聞いて二文字の言葉が頭をよぎった。
『浮気』
尚人は絶対にそんなことはしないと思っていた出来事が、この寝室のドアの向こう側で行われている。
本来ならば、尚人の前に姿を見せて、どういうことか責めたてなければいけないと思う。けれど、そんな勇気がない私は、音を立てないようにこっそりと家を出るしかなかった。
逃げてしまった。
あんなことがあったのに、あの部屋で行われていたあの声が他人事のようにも思えてしまう。
呆然と、ただひたすら道中を歩く。
相手は誰なのか。
これからどうしたら良いのか、今後どうしたら良いのか。考える余裕がない。
確かに尚人とは夜の営みが以前に比べると格段に減っていた。それは尚人が疲れているからだと思っていた。
けれど、尚人は私と体の相性が良くないと思っていた。
何も知らずに私はただ、尚人が言うまま鵜呑みにしていて、それを信じていた。私だけが結婚できると舞い上がっていた。
「うぷっ……」
湧き上がる吐き気が、自分は具合が悪いかったんだと知らせてくれたような気がした。
歩く気力もなく、立つ気力もなく、その場にしゃがみ込む。
ポツンと上から水滴が落ちてきた。次の瞬間、音を立てながら強い雨が降り始めてしまった。
今日雨が降ることは分かっていた。スマホで時間帯ごとの降水確率を確認しながら、雨が降り始める前までにはなんとかマンションに着きたかったのに、今、私の全身を滝のような雨が打ち付けていく。
このまま消えることができたら、どれほど楽だろう。
そんなことを考えていると、
「おーい、お姉さーん。大丈夫か?」
一台の高級車が私の横に停まり、窓から男の人の声が聞こえた。