つれない男女のウラの顔
「っ?!」
危うくトマトを喉に詰まらせるところだった。
そういえばそんな話になってたっけ。すっかり忘れていた。ていうか、情報が回るの早すぎませんか。
「どういうこと?いつから?私はそんな報告受けてないんだけど」
「ちょ、ちょっと待って。違うの、これには訳が…」
慌てて否定するもマイコの視線は冷ややか。口元は笑っているけど、目が笑っていない。
「そういう相手が出来たら私に一番に報告するって仰ってましたよね?」
「いやだから、彼氏なんて出来てなくて…」
「隠さなくていいのよ。そこらじゅうで噂になってるもの。それに京香みたいな綺麗な子、彼氏のひとりやふたりいてもおかしくないわ。ただ私は京香の口から聞きたかったなーって」
「本当なんだって。一昨日、とある社員に連絡先を聞かれて、断る理由として咄嗟にそういう嘘をついただけで…」
「とある社員?誰なの、どこの部署の人?」
「え……と、名前は分かんないや。確か派遣の人だったかな…」
「…ふうーん」
さすがに石田さんの名前を出すのは気が引けて、マイコには申し訳ないと思いながらも適当にはぐらかした。案の定怪訝な目を向けられたけど、最終的に信じてくれたのか「まぁいいわ。彼氏が出来たら絶対に教えてよね」の一言で、この話は無事に終わった。
それにしても噂が広がるスピードが早すぎる。成瀬さんが心配していた“社内で気になる人がいるなら“彼氏持ち”というのは今すぐ撤回した方がいい”というのは、このことだったのね。
どっと疲れが出て、思わず小さな溜息を吐く。そんな私の隣で、マイコは日替わり定食に箸を伸ばしながら「そういえば昨日新曲のMVが配信されて、推しがめちゃくちゃかっこくて~」といつものように推しの話を始める。
相槌をうちながらその話を聞いていると、ふと遠くの方に成瀬さんの姿が見えた。
(成瀬さんも食堂使うんだ…)
広い食堂はたくさんの人で溢れている。その中で簡単に彼を見付けられたのは、スラッとした長身と、整った顔が一際目立っているからだろうか。
マイコの話を聞いているフリをしながら、他の社員と会話をしている彼をこっそり盗み見る。その横顔は相変わらずクールだけどイケメンで、この距離で見ても美しい。
部屋着の成瀬さんは抜け感と色気が凄いけど、作業服を着ている仕事モードもやっぱり素敵だ。