つれない男女のウラの顔
「はぁ」
いまの私に、アジフライとコロッケは重すぎる。うどん定食にすればよかったと後悔している。寝不足が重なったせいか、判断力が鈍っていたみたい。
だけど冷徹上司の成瀬さんならこんなミスはしないだろう。彼は本当に何から何まで完璧だから。……あ、また成瀬さんのこと考えちゃった。きっと私の視線の先にいるせいだ。自然と目で追っちゃうから頭から離れない。
「ねぇ京香ちゃん、もしかしてだけど…」
「うん?」
箸を止めたマイコが、真っ直ぐ私を見つめてくる。
もしかして、成瀬さんを見ていたのがバレた?
思わずごくりと唾を飲み込んだ。平静を装うも、背中には変な汗が伝っている。
「私と同じで、推しが出来た?」
「………え?」
「さっきから心ここに在らずって感じだけど、推しのこと考えてる?」
…………推し?
マイコの口から出てきたのは予想外の言葉だった。ポカンとする私を余所に、マイコは続けて口を開く。
「ぼーっとしながら顔を赤くしたり、溜息ついちゃったり、推しのことを考えている時の私を見ているみたい。京香もその人のこと考えていたんでしょ?」
「確かに…同じ人のことばかり考えていたけど…」
「ほらやっぱり。さっき彼氏はいないって言ったし、引きこもり京香には出会いもないからどうせ好きな人もいないでしょ?てことは、推ししかいないのよ」
「…推し?これって推しなの?」
「そうよ。推しよ」
そうなんだ。その発想はなかった。
「推しが出来たばかりの時ってね、心が落ち着かなくなって、その人のことしか考えられなくなるの。思い出して笑顔になったり、溜息が出るほどうっとりしたり。とにかく疲れがぶっ飛んで、毎日が潤うの」
「潤う…」
確かに最近の私は潤っていた気がする。マイコの言うことが怖いくらい全て当てはまる。
「ほ、他にはどんな効果が?」
「その人のためなら頑張れる。その人が日々の癒し」
そうだ。成瀬さんと一緒にいる時間は、私にとっての癒しになっていた。
「ずっと一緒にいたいと思ったり?」
「そうね、私は一生添い遂げる覚悟が出来てる。死ぬまで応援するわ」
「その推しとの結婚を妄想したことは」
「もちろんあるよ。新婚生活も子供のいる生活も、なんなら老後まで」
そうなんだ。マイコも結婚の妄想をしたりするんだ。
てことは、私にとって成瀬さんは“推し”?
私がこうして成瀬さんを盗み見る行為は“推し活”ってやつ?(※違います)
「ところで、その推しはだあれ?」
「……これが推し活…」
「京香?聞こえてる?あなたは誰を推してるの?」
───そうか、彼は推しなのか!