つれない男女のウラの顔



「君は私の推しにそっくりね」


夜のベランダ、真っ赤になったプチトマトを見つめながら独り言を呟く。

マイコのお陰で少し気持ちが楽になった。どうやら私のこの成瀬さんに対する気持ちは、推しに対する気持ちと似ているらしい。

だから目で追ってしまうし、一緒にいると癒される。成瀬さんのことばかり考えてしまうし、挙句の果てに結婚の妄想までしてしまう。

よく好きな芸能人が結婚するとショックを受けるというけれど、一ノ瀬さんの登場で私がモヤモヤしてしまうのもその類なのだと思う。

…でも、成瀬さんには何度も助けてもらったのに、その恩人を“推し”という言葉で片付けていいものなのだろうか。少し失礼な気がするけど…。


「──花梨?」

「えっ、」


いつの間にそこにいたのだろう。突然隣のベランダから“推し”の声が聞こえてきて、思わず肩を揺らした。


「成瀬さんお疲れ様です。いつからそこに…?」

「たった今出てきたところだ。物音が聞こえたから、花梨がいるのかと思って」

「そうなんですね。考えごとをしていたので気が付きませんでした」

「考えごと?」

「あ、全然大したことではないんですけどね、ちょっと推しについて…」

「おし……?」

「や、やっぱり何でもありません」


これ以上話を広げたら墓穴を掘りそうな気がした。慌てて「成瀬さんはお酒ですか?」と話を変えると、返ってきたのは「いや、今日は飲んでいないよ」の一言だった。

その声が少し揺れている。顔は見えないけど、笑っているのが分かる。


「そんなにいつも飲んでいるわけじゃない」

「そうですよね、すみません…」


だったら、なぜベランダに?


「ここに来たら、花梨に会えるかと思って」

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