つれない男女のウラの顔
「す、てきな趣味ですね…たのしそう」
「本当に思ってる?若干棒読みなんだが」
違うよ、感情を抑えたらこんな喋り方になっただけ。気を抜いたら気持ちが溢れ出てしまいそうだから。
「思ってますよ。昨日言った通り、タクシー以外の車に乗る機会があまりないので、ドライブには憧れがあるんです」
「………そうか。だったら今度…」
成瀬さんが何か言いかけたところで、それを遮るように無機質な着信音が鳴り響いた。成瀬さんのものかと思ったけれど、ふとズボンのポケットでスマホが震えていることに気付いた。
一体誰からだろう。一瞬石田さんが頭をよぎったけれど、今回はメッセージアプリからの着信ではなさそうだ。
急いでスマホを取り出し画面を見ると、そこに表示されていたのは“お母さん”の文字だった。
「母親から電話みたいです…どうしたんだろう」
「出ておいで。ここで待ってるから」
約束をしていたわけでもないのに、サラッと“待ってる”発言をした成瀬さんにときめいてしまった。
途端にここを離れるのが寂しくなって、電話は後で折り返そうかとギリギリまで悩んだ。けれど結局「すみません、すぐに戻りますので」と断りを入れた私は、一旦部屋に戻りすぐに通信ボタンをタップした。
「もしもしどうしたの?いま立て込んでるからなるべく簡潔に…」
喋っている途中で受話口の向こうから鼻をすすったような音が聞こえてきて、思わず口を噤んだ。
『京香…?』
いつも明るい母親の声が微かに震えている。明らかに様子がおかしい。
「お母さん?どうしたの、何か…」
『お父さん、癌かもしれない…』
「え?」
聞き間違いかと思った。いや、聞き間違いであってほしかった。
ドクン、と心臓が波打って、頭が真っ白になる。
「嘘でしょ?こないだ連絡した時は元気そうだったし…」
『お母さんがこんな冗談言うと思う…?』
言わないことくらい分かってる。そんな空気じゃないことも察してる。
でも冗談だと思わなきゃ平常心でいられなかった。お願いだから嘘だと言ってほしかった。