つれない男女のウラの顔

低く掠れた声が心地よい。緊張の糸が切れたように、力が抜けて涙腺が緩んでいく。


「待っていてくださって…ありがとうございます…」


何とか言葉を紡いだけれど、堰を切ったように涙が溢れて止まらなかった。成瀬さんにバレないように声を押し殺すけど、気付かれるのは時間の問題だ?


「成瀬さん、せっかく待っていてくれたのに、大変申し訳ないんですけど…ちょっと今は、普通に話せそうになくて…」


どうせバレるのなら、変に隠すのはやめようと思った。耐えきれず鼻をすすり、その拍子に嗚咽が漏れると、壁の向こうから「花梨?」と戸惑いを孕んだ声が聞こえてきた。


「どうした?何かあったのか?」

「えっと…はい、そうですね。ちょっと衝撃的な話を聞いてしまって、いま気が動転してるみたいで。一旦気持ちを落ち着かせたいので、私はこれで失礼しますね…」


なるべく明るく振る舞い、ボロが出る前に逃げるように踵を返す。けれどすかさず「待って」と呼び止められてしまい、躊躇いながらも足を止めた。


「花梨、もしかして泣いてる…?」


壁のせいで声しか聞こえないけれど、いつでも冷静なあの成瀬さんが焦っているのが分かる。

無視してでも部屋に戻ればよかっただろうか。その穏やかな声がまた涙腺を刺激して、溢れ出る涙が頬を濡らした。


「花梨」

「……」


質問に答えろ、とでも言うように、成瀬さんの声が少し強くなった。

このままここにいたら、きっと涙の理由を聞かれるだろう。けれどここ最近の私は成瀬さんに助けられっぱなしだ。これ以上の迷惑はかけられない。


「大丈夫か?一体何があった?」

「……大丈夫です、大したことではないので」

「そんな嘘が通用するわけないだろ。言いたくなければ詳しくは聞かない。でも、俺の前では強がらなくていいから」


──どうしてこの人は、いつも私に寄り添ってくれるの?
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