つれない男女のウラの顔
迷惑はかけたくない。これ以上成瀬さんを頼ってはいけない。そう思う反面、決して私を見放さない、優しい彼の胸に飛び込みたいと思ってしまう自分がいた。
母はさっきの電話で“京香がいてくれて良かった”と言ったけど、最近の私は間違いなく成瀬さんの存在に救われている。成瀬さんがいてくれて良かったと心から思ってる。
「花梨」
そんな優しい声で名前を呼ばないで。簡単に気持ちが揺らいでしまうから。
「大丈夫だから。それとも俺は頼りない?」
狡いよ。そんな言い方をされたら、言うしかないじゃない。
「…お父さんがいなくなっちゃうかもしれないです…」
「え…?」
意を決して吐き出したのはいいけれど、もう少しオブラートに包めばよかったと、すぐに後悔した。
言葉にした瞬間、更に涙が溢れてきて、泣きやみたくても自分の力じゃどうにもならなかった。
父がいなくなるかもしれない…想像して、胸が苦しくなった。
昼間私は、父とバージンロードを歩く自分を想像した。そこにいる父は嬉しそうで、でもちょっと寂しそうな顔をしていた。
その横顔を、現実でも見られるものだと思っていた。そもそも結婚相手が見付かるかどうかも分からないけれど、そこに父がいるのは当たり前だと信じて疑わなかった。
でももし、本当に癌だったら?余命宣告されたら?一緒に歩けないどころか、ドレス姿も見せられないの?
進行具合で変わるのは分かってる。でもどうしても嫌なことばかりを考えてしまう。
母には偉そうなことを言ったけど、考えれば考えるほど不安で押し潰されそうになる。
「…私がしっかりしてなきゃいけないのに、頭が真っ白で…大丈夫って思いたいのに、不安しかなくて…」
「待って花梨、ここだと顔も見えないし、とりあえず俺の部屋に来ないか?」
唐突に提案してきた彼は「俺がそばにいるから、一旦落ち着こう」と続けた。