つれない男女のウラの顔

彼の包み込むような優しさが今の私にはとても沁みた。この壁がもどかしいとさえ思った。

けれどまた彼の部屋にお邪魔するのは、さすがに気が引ける。

次から次へとどれだけ成瀬さんに負担をかけたら気が済むの。支えられっぱなしなんて、耐えられないよ。


「…さすがにそれは…これ以上成瀬さんには頼れません…」

「でもこのままここで話をするのは近所迷惑になりかねないだろ」


確かに成瀬さんの言う通りだ。時刻は既に21時を回っている。普段からここで会話をする時はなるべく小声にしているけれど、長時間の会話は避け方がいい。それに加え泣き声なんか響かせてしまったら、ただの迷惑住人だ。それこそ成瀬さんにも迷惑をかけてしまう。でも…


「…度々お邪魔して、ご迷惑になりませんか?」

「迷惑だと思ったらこんな提案をしない。むしろ来て欲しいと思ってる。今の花梨をひとりにするのは、なんとなくダメな気がするから」


その言葉も狡い。もともと緩くなってた涙腺が、もっと緩くなってしまった。

涙でぐちゃぐちゃになった顔をTシャツの袖で拭っていると「花梨、おいで」と壁の向こうからあの無愛想な成瀬さんのものとは思えないほどの優しい声が届いた。

もう無理。これ以上拒絶することなんて出来ないよ。


「成瀬さんのところへ、行ってもいいですか…?」

「うん、待ってる」


素直な気持ちを伝えると、成瀬さんはすぐに反応してくれた。その言葉にどれだけ救われただろう。いつだって私を受け入れてくれる彼の存在は、私にとって大きなものになっていた。


泣きすぎて視界が滲む中、一旦部屋に戻り、そのまま玄関へ向かう。

これから成瀬さんの部屋に行くというのに、不思議と緊張感はなかった。


力が入らないせいか、玄関のドアがいつもより重く感じた。なんとか外に出て成瀬さんの部屋の方へ体を向けると、彼は既にドアを開けて私を待ってくれていた。

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