つれない男女のウラの顔
成瀬さんと目が合った瞬間、安心感からか更に力が抜けた。その優しい目を見て、再び涙が溢れた。
「どうぞ」
成瀬さんは私の肩を支えながら部屋に入るよう促す。その熱が私の心を落ち着かせてくれる。彼の手が触れているというのに、不思議と赤面はしなかった。
またこの部屋に入れる日が来るとは思わなかった。今はその喜びを噛み締める余裕なんてないけれど、見覚えのある家具や部屋の匂いは、私を安心させてくれた。少し懐かしい気持ちにさえなった。
ソファに座らせてもらうと、成瀬さんも私のすぐ隣に腰を下ろした。そして私の背中を優しく摩り「大丈夫か?」と声を掛けてくれる。
きっと私が酷い顔をしているからだ。覗き込むようにして私と目を合わせた彼は、心配そうに眉を下げた。
「はい、成瀬さんのお陰でなんとか…。顔がボロボロですみません」
「今はそんなこと気にしなくていい」
手が微かに震えていて、指先は冷たい。
成瀬さんはそのことに気付いたのか、私の手の上に自分の手をそっと重ねた。「寒いか?」と尋ねられ、力なく首を横に振った。
成瀬さんの体温が心地よく、徐々に落ち着きを取り戻していく。その間、成瀬さんは無理に聞き出そうとしなかった。私が話を始めるまで、手を重ねたまま静かに待ってくれていた。
「…さっき、母からの電話で、父が病気かもしれないと言われました」
漸く口を開いた私に、成瀬さんは「うん」と相槌をうつ。
「健診で引っかかったみたいで、もしかしたら癌かもしれないって…」
一瞬驚いたような顔を見せた彼は「そうか」と呟くと、重ねている手に微かに力を込めた。
「“かもしれない”ということは、まだ確定ではないのか?」
「はい…今は再検査の結果待ちで…」
「それは心配だな。動揺するのも無理はない」
「すみません、こんな暗い話。まだ確定したわけでもないのに取り乱して…」
「大事に育ててくれた親御さんのことなんだから、不安になるのは当たり前だろ。こればかりは祈るしかないけど、心細いときは俺がそばにいるから」
成瀬さんの言葉はまるで魔法のようだ。心がすっと軽くなるのが分かる。成瀬さんの存在が私を安心させてくれる。彼のそばにいたら、なんでも乗り越えられるような気持ちになってしまう。
改めて、成瀬さんがいてくれてよかったと、心から思った。