つれない男女のウラの顔

ひとりで部屋にいると、必ずベランダに目が行く。花梨は今日もトマトの観察をするのだろうか、偶然を装って声を掛けられないだろうかと、そんなことばかり考えてしまう。

ひとりの時間が好きなはずだった。なのに、今はひとりでいると少し物足りない。彼女の色んな顔が頭に浮かんで、会いたいとすら思ってしまう。

───しかし、昨夜はあのベランダで一ノ瀬のことを話したあとから変な空気になってしまったため、少し気まずい。

“おふたりはすごくお似合いだと思ったので”

突き放された一言が、頭の中から消えてくれない。このままずるずると距離が離れたら…柄にもなくそんな不安を抱えながら仕事をしていたら、あっという間に昼休憩の時間になっていた。


「そういえば、品管の花梨さんって彼氏いるらしいですよ」


食堂に向かっている最中、部下のひとりが唐突に放った一言に息を呑んだ。今まさに彼女のことを考えていたため、心の中を読まれたのかと思ってかなり焦った。けれど、どうやらこの話題はいま社内で話題になっているらしい。

石田のやつ、口が軽すぎるだろ。まぁ別にいいけど。

花梨は密かに人気が高い。そのため、もうひとりの部下が「なんかショック」と肩を落とす。ガードが固く、近寄り難いイメージがあるが、あの落ち着いた雰囲気が良いらしい。

何食わぬ顔で部下達の会話を聞きながら、小さな優越感に浸る。俺は花梨の秘密を知っているし、マスクの下の色んな表情も見ている。それだけでなく、本当は彼氏なんかいないことも、彼女が育てたプチトマトが美味いことも。

その辺のやつよりは彼女との距離は近いと思う。ただ、昨夜の出来事のせいでその距離がまた離れるかもしれないが。

そんなことを考えていた矢先、食堂で花梨の姿を見付けて思わず目を見張った。何か口実を見つけて彼女に話し掛けようとも思った。

けれど、経理部の八田と楽しそうに会話をしている姿を見て、なんとなく察した。昨日のあの空気を気にしていたのは自分だけだったのだと。

別にそれならそれでいいはずなのに、俺ばかりが意識していたのかと思うともやもやした。

…俺ってこんなに女々しい奴だったっけ?
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