つれない男女のウラの顔

自分がよく分からない。何に対してこんなに焦っているのかが。

やっぱり苦手な女に関わるべきではなかったのかもしれない。ずっと平穏に過ごしていたんだ。その生活をわざわざ自分から崩すような行動をするから落ち着かなくなるんだ。


──そう分かっているのに、気付いた時にはベランダに足を運んでいた。


俺ってもしかして馬鹿なのか?疲れが溜まりすぎて頭がおかしくなった?

頼むから今日くらいひとりの時間を確保してくれ。と頭の中で呟いた直後、隣のベランダから物音が聞こえて、不覚にも心が弾んだ。いや、弾むなよ。


「──花梨?」


ちゃっかり声まで掛けて、挙句の果てに「ここに来たら、花梨に会えるかと思って」と本音を漏らし、趣味まで聞き出すのだから本格的にヤバいやつ。

それだけでなく、ドライブに憧れていると言われ、思わず誘いそうになってしまったのだから救いようがない。

けれどそれは花梨のスマホが鳴ったことにより失敗に終わった。でもそれで良かったのかもしれない。少し暴走し過ぎた。一旦落ち着こう。なんて思っていた矢先のことだった。

電話を終えた花梨の様子が明らかにおかしい。不自然に声が震えている。本人はなるべく普通にしているつもりなのだろうが、顔を見なくても今にも壊れてしまいそうなほど弱っているのが分かった。

この一瞬の間に何があった?母親からの電話だと言っていたけど、一体何を言われた?

逃げるように部屋に戻ろうとする彼女を必死に呼び止めた。花梨のことだから、俺に心配かけたくなかったのだろう。

鼻をすする音や、微かな嗚咽が時折聞こえてくる。泣いているのは確実だった。

その声を聞いて、ただそばにいたいと思った。
セクハラ上司だと思われても構わない。脆く崩れそうな彼女をひとりにしたくはなかった。
< 117 / 314 >

この作品をシェア

pagetop