つれない男女のウラの顔
「私を置いて行かないで」って咄嗟に言いそうになった。その手のぬくもりが恋しかったから。
帰りのことを考えても、実家でゆっくりしてもらった方が体が休まると思ったし。
けれど、よく考えたら成瀬さんが実家に来ても気まずいだけ。暗い話になるのは目に見えているし、それこそ成瀬さんに気を使わせてしまうだろう。心優しい成瀬さんのことだから、弱っている両親を見たらゆっくり休むことも出来ないだろうし。
心の中で「ごめんなさい」と何度も呟きながら、口に出したのは「ありがとうございます」の一言だった。
優しく目を細めた彼は、そっと手を離すと「いってらっしゃい」と私を送り出した。
玄関の前で深呼吸してから、恐る恐るインターホンを押す。程なくしてドアが開くと、ゆっくりと顔を出した母が、私を捉えた瞬間目を丸くして「京香?!」と声を上げた。
「あんたどうしてここに…」
「こんな時間に突然ごめんね。どうしても心配になって…」
久しぶりに見る母は憔悴しきった顔をしていた。数ヶ月前に会った時よりひとまわり小さくなったように見えた。
何となく目も腫れている気がする。電話を切ったあとも泣いていたのかもしれない。
想像以上に追い詰められていたのだと分かり、胸が苦しくなった。