つれない男女のウラの顔
「どうやって帰ってきたの?こんな時間にバスって走ってたっけ」
「それは…優しい知り合いの方がここまで送ってくれて」
「あらやだ。そんな親切な方がいるの?私もご挨拶を…」
「あ、もう外にはいないよ。別の場所で待っててくれるって。ていうか、そんな顔で挨拶したら相手の方も心配しちゃうから」
玄関から外を覗こうとする母の肩に手を乗せて、中に入るように促す。
この状況で、上司に送ってもらいましたなんて言えなかった。しかも相手が男性だと知ったら、余計に話がややこしくなりそうだし。
「そうよね」と納得した母は、腫れた瞼に触れて小さく溜息をつく。
「こんな顔で外には出られないわね。でも、お母さんちょっと嬉しいな。引っ込み思案で、ひとりでいることが多かった京香に、そんな素敵な友人がいるなんて」
「…うん、とても素敵な人だよ。しっかりしていて、あたたかくて…」
“友人”という言葉は少し違うけど“素敵な人”なのは確かだ。
母に紹介出来たらいいけど……変に勘違いされてもいけないし、会わせられる日はこないだろう。
だけど、私がコミュ障でいつもひとりぼっちだったことを知っている母は、私が“友人”の話をしたことに分かりやすく安心した表情を見せた。
それだけでも、今日ここに来て良かったと思えた。
「ごめんなさいね、私が電話なんかしちゃったから…」
「いいんだよ。お母さんもそれだけ苦しかったってことでしょ?こういう時は遠慮せずに頼ってくれたらいいから」
「京香…」
母の目に涙が溜まっているのが分かり、その手を咄嗟に握った。母が今にも消え入りそうな声で「ありがとう」と言うから、私まで釣られて泣きそうになった。でも私が泣くのはまだ早い。
「お父さんは?まだ起きてる?」
「ええ、リビングにいるわよ」
「ちょっとお邪魔するね」
玄関の中に入ると、懐かしい匂いが鼻腔をくすぐった。再び緊張が増してきて、父に会ったらどんな言葉をかけるか車の中で散々考えたはずなのに、頭の中は真っ白になっていた。