つれない男女のウラの顔
「お父さん…」
リビングのドアを開け、ソファに座り新聞を読む父の横顔に声を掛ける。その視線がゆっくりと此方に移ると、父は私を捉えた瞬間、口をパクパクしながら新聞を床に落とした。
「京香?!え、な、なんで?」
「…会いたくなって、帰ってきた」
歳とともに薄くなった白髪混じりの髪、笑うと目尻に皺が寄るタレ目がちな目。数ヶ月前ぶりに会う父は、母と違ってあまり変わっていないように見えたけど、その体は病におかされているのかと思うと、胸が苦しくて、目頭が熱くなった。
「会いたくなったって、どうしてまた…」
「ふたりのことが心配で…」
「心配?あ、まさか母さん……ったく、京香にはまだ言うなって言ったのに」
溜息混じりに呟いた父は、眉を下げて「心配かけてごめんな。見た目はこの通り元気なんだけど」と困ったように笑った。言われた通り、確かに見た目は元気そうだ。病気を抱えているようには見えない。
それとも、本当は苦しいのに明るく見せているだけ?父はいつだって私や母を一番に考えて行動する。だから今現在も、私達のために気丈に振舞っているだけかもしれない。
そう思うと、我慢していた涙が一気に溢れ出てきた。父の優しさが痛いほど胸に突き刺さる。
「お父さん…大丈夫だよね?」
「大丈夫だよ。だからそんな顔するな」
「長生きしてくれなきゃ嫌だよ」
「当たり前だろ。ご飯もたくさん食べてるし、健康のために毎日散歩もしてるんだぞ?長生き出来るに決まってる」
涙が止まらない。安心させてあげるために来たはずなのに、むしろ心配させてしまう勢いだ。
だけど、その優しい笑顔を見られなくなるかもしれない思うと怖くて、父の体温を確かめるように、ソファに駆け寄ってその体を抱き締めた。
「お父さんとまだやりたいことがたくさんあるの。一緒にご飯も食べたいし、旅行にも行きたいし、それから…」
「まだ結果も出てないのに、勝手に俺を病人にするんじゃないよ。会いに来てくれたのは嬉しいけど、落ち込むのはまだ早いだろ。まったく、心配性なところはお母さんに似たんだな?」
「心配かけるお父さんが悪いもん」
「た、確かに?だが、お父さんは京香の花嫁姿を見るまで死ぬ気はないぞ?バージンロードを一緒に歩くのが夢なんだ」
骨ばった手で私の頭を撫でた父は「京香の頭を撫でたのは何年ぶりだろな」と呟きながら、目尻に皺を寄せた。