つれない男女のウラの顔

「京香あのね、さっきの会話を聞いていて思ったんだけど…」


母が唐突に話しはじめ、思わず首を傾げた。さっきの会話ってどれのことだろう?

母の声のボリュームが小さい。父に聞かれたくない内容なのだろうか。


「良い人、本当にいないの?」

「え?」

「お父さん、京香の花嫁姿を見るまで死ねないって言ってたじゃない。バージンロードを歩くのが夢だって。その夢、叶えてあげられそうなの?」


何を言い出すのかと思いきや、まさかの結婚話。確かにあの時は“私もバージンロードを歩きたい”と父に伝えたけれど、叶えてあげられそうかと言われたら…。


「…ごめん。叶えてあげたい気持ちはあるけど、すぐには…」

「お付き合いしている人はいないの?」

「うん、いない」

「だったら、気になってる人は?職場で出会いなんかも…」

「残念ながら、全然…」


必死に訴えてくる母を見て胸が苦しくなる。
母も私と同じで、何としてでも父に私の花嫁姿を見せてあげたいのだろう。


「そっか…。今までも京香の浮いた話を聞いたことがないから、ちょっと気になって…。お父さんの前では話しづらいだろうし」


そうか、だからわざわざ外に出てきてくれたのか。


「焦るのも良くないし、あまりしつこく言いたくはないけど、私ももう若くないでしょ?京香がいつまでも独り身だと不安で…」

「分かってるよ。さっきお父さんにも言ったけど、頑張って良い人探すから」


説得するように言うと、母は「分かったわ」と頷いてくれた。


「そういえば、友人はいまどこに…?」

「え?あー…多分その辺で待ってると思う。だから私行くね。おやすみ」


さすがに“駅前のマック”とは言えなかった。そこまで送ると言われても困るからだ。両親には今すぐ休んでもらいたいし、何より成瀬さんと鉢合わせてほしくない。

駅までさほど距離はないし、途中でタクシーを拾えばいい。母に家の中へ入るよう促した私は、慌てて踵を返し駅に向かった。





実家から20メートルほど歩いただろうか。街灯に照らされた道を早足で歩いていると、前方に見覚えのある車が停車しているのが見えた。

車のライトが私を照らし、運転席のドアが開く。


「おかえり」


低く掠れた、優しい声が鼓膜を揺らした。中から出てきた人物を見て、不思議と目頭が熱くなった。

< 127 / 314 >

この作品をシェア

pagetop