つれない男女のウラの顔
「ちょ、匠海くん、急にそんな…」
心臓が激しく波打ち、言葉に詰まる。
どうしてこんなことになっしまったのか。そうだ、これは母のせいだ。いや、この歳まで出会いすら求めようとしなかった私が悪いのかも。
『京香』
突然匠海くんの声が小さくなった。電波が悪いのだろうか。
『おばさんのためにも、とりあえず話を合わせて』
電波のせいじゃない。どうやら母に聞こえないよう、わざと声のボリュームを落としているようだ。
『すぐそこにおばさんがいるの知ってるだろ。ここで断られたら、俺かっこ悪いじゃん』
「あ…」
そうだ、これは両親を安心させるための第一歩。匠海くんも父の病気疑惑のことを知っていて母に合わせてあげているだけなのかもしれない。
『それに相手は俺だぞ。そんな緊張しなくて大丈夫だって。会えばすぐに昔の感じで話せるから』
「そう…かな。そうだよね」
妙に納得出来て、一気に肩の力が抜けた。それと同時に、匠海くんに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
『てことで会える?飯食いに行くだけでもいいからさ』
「…分かった」
『言っとくけど、あくまでもデートだからな』
「うっ…」
わざと“デート”の部分を強調した匠海くん。クスクスと笑い声が聞こえきて、明らかに私をからかっているのが分かる。
どうしてそんなに不安を煽るようなことを言うの。和ませてくれているのかもしれないけど、私にとってはプレッシャーなんですけど。
『てことで、おばさんに電話代わるな。詳細はまたメッセージで送るから』
「…了解」
何か言い返したかったけど、結局何も言えないまま匠海くんとの通話は終わった。
『京香、聞いてたわよ。デートすることになったのね』
再び母の声が聞こえてきて、その声はここ最近で一番明るかった。喜んでくれるのは嬉しいけど、やっぱり少し気が重い。デートなんて、元彼とだって一度もしたことがないのだから。