つれない男女のウラの顔
どうせ報われないのなら、失うものなんてない。そう思うと少し心が軽くなった。
ばかげたお願いだということは十分に理解している。だけどこの初めての恋を、どうしてもただの思い出にはしたくなかった。
成瀬さんを少しでも記憶に刻みたい。初めての相手は成瀬さんがいい。デートのキッカケはどうであれ、少しでも成瀬さんのそばにいたい。
その気持ちが私の背中を押した。もしかしたら私も、母に似て意外と行動力があるのかも。
「…俺と、デート?」
「はい…少しでも男性に慣れておきたいので」
こんなのただの口実だ。
嘘でもいいから、成瀬さんと恋人のような時間を過ごしたいだけ。
そう言えないのがもどかしい。
「たくさんお世話になった挙句、こんなお願いまで…大変失礼な発言だと自分でも分かっています。ですが、私には頼める相手が成瀬さんしかいなくて…いえ、成瀬さんがいいんです」
「……」
「な…成瀬さんの一日を、私にくれませんか」
好きです、とは言えないから、さっき匠海くんに言われて少しドキッとした言葉を借りてみた。
だけど壁の向こうにいるはずの成瀬さんから返事はない。
「………成瀬さん?」
バクンバクンと心臓が激しく動いている。勢いで言ってしまったけど、やっぱりマズかっただろうか。
沈黙の時間がこわい。今度こそ呆れられたかも。
「やっぱり、ダメ…ですかね?」
「いいよ」
「…えっ」
「デートの練習、しようか」