つれない男女のウラの顔
自分の気持ちを認めてしまうと、案外スッキリするもんだな。躊躇っていた“可愛い”という言葉が、簡単に心の声になる。
「デートの練習、しようか」
それが他の男のためだと思うと、やはり引っかかるものはあるが。それで俺の隣にいてくれるなら、もう何でもいい。
もっと花梨の喜ぶ顔が見たい。いつから彼女は俺の中で特別な存在になっていたのだろう。
もしかすると花梨が隣に越してきたあの日、赤く染まった顔を見た瞬間から既に惹かれていたのかもしれない。
「その幼なじみと会うのは、来週末って言ったよな」
「はい、そうです…」
男に慣れる練習に付き合う代わりに、少し欲を出してもいいだろうか。
「ということはあまり時間がないな」
「あ…そうですよね…やっぱり練習する時間なんて…」
「ちなみに、花梨の明日の予定は?」
「え?…っと、基本的に休日は予定がないので…明日も何も…」
「だったら、明日デートに行こうか」
悪いけど、今の俺はこの“練習”を利用することしか考えていない。
俺は意外と強欲な人間らしい。
「いいんですか?貴重なお休みなのに」
「当たり前だろ。てか、一度出掛けただけですぐに慣れるものなのか?今の花梨は異性と目を合わせることすら難しいのに」
「た…確かに…」
「やっぱり明日だけでは時間が足りないな。花梨が良ければ、今から俺の部屋においで。まずは目を見て話す練習から始めるのはどうだ」
「ええっ?!」
…少し欲張り過ぎただろうか。
戸惑う花梨の声を聞いて、さすがに引かれてしまったのではないかと不安になった。傍から見たら、完全にセクハラ上司だろう。
とはいえ、俺には今しかないんだ。花梨を独占出来る時間は…。
「同じ空間に異性がいる特訓、てことで」
苦し紛れの、強引な誘い。本当はただ一緒にいたいだけなのだが…。
断られるのを覚悟で返事を待つ。程なくして聞こえてきたのは、控えめでありながらも「お願い…します」という声だった。
自分から誘っておきながら、今更脈がはやくなってきた。
まずいな…今は壁越しの会話なのに、既に可愛い。
これからどうなる───…?