つれない男女のウラの顔
成瀬さんにバレないように小さく溜息を吐きながら、ゆっくりと部屋を見渡した。
彼の部屋に入ったのは、これで三度目。毎回目的が違うけど、何度訪れても慣れない。むしろ今までで一番緊張している。
だって今回ここへ来た目的は特訓をするためだから。ということは、成瀬さんをたくさん感じなければいけないということで……いや、感じるってなに?破廉恥過ぎるでしょ。
ていうかこんな贅沢な時間を過ごしてしまったら、思い出にするどころか、抜け出せなくなりそうで怖い。
「コーヒーでいいか?冷蔵庫に酒もあるけど」
「コーヒーで大丈夫です!」
成瀬さんがふたつのマグカップをローテーブルに置いた。お揃いのマグカップが、何だかカップルみたいでくすぐったい。
「…いただきます」
緊張で手が震える。コーヒーを零さないように気を付けながらマグカップを手に取ると、成瀬さんが優しい声音で「どうぞ」と言った。
コーヒーのいい香りがする。実家からの帰りの車内で飲んだコーヒーを思い出して、胸がきゅっと締め付けられた。
この状況でお酒なんか飲めるわけがない。もしも酔っ払って、また格好悪いところを見せてしまったら今度こそ呆れられそうだし、なによりうっかり口を滑らせて、この気持ちがバレたら困るから。
「とりあえず映画でも見るか?」
成瀬さんはそう言うと、テーブルの上のリモコンを取ってから私の隣に腰を下ろした。
成瀬さんが近い。車の運転席と助手席の距離とは比べ物にならない。今にも触れそうな距離に、また心拍数が上がっていく。
「…花梨?」
覗き込むように問われ、息が止まるかと思った。
「あ、はい、ワタシも映画ミタイデス」
だめだ。無理だ。変に意識して、身体はガチガチだし台詞は片言。慣れるどころか悪化している。
こういうシチュエーションにも慣れないとって意味で、成瀬さんは敢えて至近距離で話しかけているのだろうけど。
ごめんなさい、心臓に悪いです。