つれない男女のウラの顔

勢いで誘ってみたのはいいものの、実際に花梨を前にするとめちゃくちゃ緊張する。

壁越しとはレベルが違う。気持ちを自覚したせいか、余計に落ち着かない。

こういう時こそ“無”にならなければ。昔から無になることには慣れているのだから。

いつも通り、花梨のこともじゃがいもかこけしと思えたら………って、思えるわけないだろ。そう思おうとすればするほど意識してしまって逆効果だ。

しかも風呂上がりなのか、近付く度にいい匂いがする。触れられないのがもどかしい。軽率に部屋に誘ってしまったことを若干後悔しつつある。

けれど花梨を見る限り、向こうもかなり緊張している様子。顔は赤いし、何となく動きがおかしく言葉もぎこちない。

恐らくこの様子だと、俺が緊張していることには気付いていないだろう。とりあえずコーヒーを淹れている間に一旦落ち着こう。


キッチンで小さく深呼吸しながら、ソファに座っている花梨を一瞥する。挙動不審になりながら部屋を見渡している姿を見て、思わず口元が緩んだ。


さて、これからどうする?
一応“目を見て話す練習をする”という理由で誘ったが、多分それは俺の方が無理だ。いま目を合わせたら墓穴を掘る自信がある。

あくまでもこれは、花梨に協力するため。他部署とはいえ一応上司だ。絶対に下心があるなんて思われてはいけない。
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