つれない男女のウラの顔


玄関の前に立つと、緊張感が一気に増す。やっぱりマスクを付けて来たらよかったと、少し後悔した。

粗品をぎゅっと抱え、思い切ってインターホンに手を伸ばす。恐る恐る指先でボタンを押しながら、ごくりと唾を飲み込んだ。


『───はい』


程なくしてインターホンから聞こえてきたのは、少し掠れた低い声だった。どうやらお隣さんは男性らしい。

ただでさえ苦手な男性。しかも初対面の人と言葉を交わさなきゃいけない。そう思うだけで、自然と心拍数が上がっていく。


「…ぁの、隣に越してきた者です。その…ご挨拶に伺いました」


緊張のせいか上手く言葉が出ない。それでも何とか最後まで言い切ると、返ってきたのは『いま出ます』という淡々とした声だった。


どんな人だろう。優しい雰囲気の人ならいいんだけど。


そわそわしながら待っていると、玄関のドアがゆっくりと開いた。今度は上手く声が出るように軽く咳払いをしてから、先程のイメトレを頭に浮かべた。


「お忙しいところ突然すみません。隣に越してきた花梨と……」


相手の顔を確認する前に、練習してきた言葉をつらつらと並べる。今度は上手に言い切れそうだ、と安堵した矢先、ふと中から出て男性と目が合った。


あれ、この人──。


「……花梨と、申します…」

「……」


思わず息を呑んだ。だって中から出てきた男性は、先日肉バルで顔を合わせたばかりの、あの成瀬さんだったから。

彼も私を見て驚いたのか、その無機質な瞳が微かに揺れた。いつも冷静な彼の切れ長の目が、一瞬だけ大きく開いたのが分かった。


「……」



まるで時が止まったかのように、お互い固まったまま動かない。コミュ障女と塩対応男の、静かな時間が続く。

これって私から何か話しかけるべき?「先日はどーもー☆」みたいな?無理無理。無視されたら心折れるし。でもこの場を切り抜けるにはどうすれば…。


予想外の展開に、どんどん脈がはやくなっていくのが分かる。顔が火照り始めて、背中に変な汗をかいている。


──これはかなりピンチだ。


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