つれない男女のウラの顔


唇に余韻が残っている。繋いでいる手が、愛しくてたまらない。

帰りの車内、心の中で何度も「好き」って叫んだ。一日中手を繋いで、熱いキスも交わしたせいか、彼に対する気持ちがどんどん強くなっていた。

この気持ちをいま伝えたらどうなるだろうって何度も考えた。初めての恋だからこそ、この気持ちを大事にしたかったから。何もせずに後悔するのは、何となく嫌だったから。

でもその反対に、もしここで告白して変な空気になったらと考えると、どうしても言い出せなかった。練習に付き合っただけなのに勘違いするなって思われるかもしれないし。そこから気まずくなって、今までみたいに話が出来なくなるのだけは嫌だし。


結局私は臆病で、気持ちばかりが膨らんで、あと一歩が踏み出せなかった。





「今日は本当にありがとうございました」


とうとうこの時間がやったきた。

別れ際、玄関の前で向き合い、深々と頭を下げる。下を向いた途端、目尻に溜まっていた涙が溢れそうになって、慌てて頭を上げた。


「本当に、とても楽しかったです」

「いい練習になったか?」

「…はい」


未だに“練習”だなんて嘘をついてごめんなさい。
本当はただ成瀬さんとデートがしたかっただけなんです。

お陰でたくさんの思い出が出来ました。きっと、一生忘れないと思います。


「旭さんから見てどうでした?私はちゃんと“デート”が出来ていたでしょうか」


少しの時間でも引き止めていたくて、無理やり会話を探して言葉を紡いだ。
部屋に入ってしまえば魔法が解ける。私はお嫁さん(・・・・)から、ただの部下 兼 隣人に戻るのだ。

だから1秒でも長く一緒にいたい。“旭さん”と“京香”の関係でいさせてほしい。


「うん、出来てたよ。満点だと思う」

「本当ですか?よかっ…」

「今日の京香、綺麗だった」

「………え?」


穏やかな声、甘い台詞、熱い視線に息を呑んだ。


「一緒にいて楽しかった。時間が過ぎるのが、あっという間に感じた。新しい京香がたくさん見れて嬉しかった」

「……」

「最高のデートだったよ、ありがとう」


これも何かの練習?

今までにない程のストレートな言葉は、私の胸に強く響いた。


耐えきれず、一筋の涙が頬を伝った。
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