つれない男女のウラの顔
「…京香、」
「おやすみなさい。今日は本当にありがとうございました」
それだけ言い残し玄関のドアを開けた私は、逃げるように部屋の中に入った。
急いでドアを閉めて、その場にずるずると座り込む。
まだ心臓が激しく音を立てている。彼の匂いも、唇が頬に触れた感触も、私の名前を呼ぶ低くて優しい声も、全部体が覚えている。
「…終わっちゃった」
この部屋に入った瞬間、私はただの“部下 兼 隣人”に戻った。夢のような時間は終わりを告げた。覚悟はしていたけれど、やっぱり苦しい。
堰を切ったように涙が溢れて止まらない。私に告白する勇気があれば、また何か未来は変わっていたのだろうか。
ふとスマホを見ると、母からメッセージが入っていた。
“匠海くんとのデートのこと、お父さんに話したら喜んでいたよ”
ああそうだ。私は両親のためにも将来のことを本気で考えなければ。
そう分かっているのに、今は成瀬さん以外のことは考えられなかった。父の体を気遣えないくらい、自分のことでいっぱいだった。
「旭さん」
今日何度も口にしたその名前をポツリと呟いた。
私は今日のデートを、一生忘れないだろう。