つれない男女のウラの顔

名前を呼ばれ、ゆっくりと目を開けると、真っ赤な顔をした花梨と視線が重なった。テンパっている花梨がおかしくてたまらなかった。
なんて平和で穏やかな朝なんだと思った。

このままどこにも行かず、ずっとこうしていたいと思うくらいには、彼女と迎える朝が幸せだと感じた。




花梨が部屋に戻って準備をしている間、頭の中で何度もイメトレをした。

なるべくスマートにこなせるように、花梨を引っ張れるように。そして、このデートを利用して少しでも花梨との距離を近付けるために。

出来ることなら名前を呼びたい。手を繋ぐくらいは許されるだろうか。

ちなみに、花梨の下の名前は、彼女が入社した時から知っている。新入社員の名簿で“花梨 京香”の文字を見た時、綺麗な名前だと思った記憶があるからだ。

今日一日だけでも、その名前を呼ばせてほしい。そんなことを考えながら車に乗りこみ、さっそくイメージしていたものを実行させたわけだが、彼女の「旭さん」呼びの破壊力は俺の想像を遥かに超えていて、彼女が俺の名前を口にした瞬間、顔が熱くなるのを感じた。

なんだこれ。イメトレの意味。

取り繕う余裕もなく、こんな序盤で赤面してしまう始末。

“無”になるのは得意なはずなのに、これほどまでに表情を保てなかったことはない。


「なる…旭さんは、女性に免疫がないと仰ってましたが、実は慣れてます…?」
「どうしてそんなにも余裕そうなんですか」


余裕なんて、あるわけないだろ。
こっちだって必死なんだよ。

練習だとか、スパルタだと言って、本当は自分の欲を抑えられないだけだ。


頼むから、今日だけは俺のことだけを考えて。
俺を本物の恋人だと思って。


…なんて、格好悪くて言えるわけないけど。

< 203 / 314 >

この作品をシェア

pagetop