つれない男女のウラの顔
名前を呼ばれ、ゆっくりと目を開けると、真っ赤な顔をした花梨と視線が重なった。テンパっている花梨がおかしくてたまらなかった。
なんて平和で穏やかな朝なんだと思った。
このままどこにも行かず、ずっとこうしていたいと思うくらいには、彼女と迎える朝が幸せだと感じた。
花梨が部屋に戻って準備をしている間、頭の中で何度もイメトレをした。
なるべくスマートにこなせるように、花梨を引っ張れるように。そして、このデートを利用して少しでも花梨との距離を近付けるために。
出来ることなら名前を呼びたい。手を繋ぐくらいは許されるだろうか。
ちなみに、花梨の下の名前は、彼女が入社した時から知っている。新入社員の名簿で“花梨 京香”の文字を見た時、綺麗な名前だと思った記憶があるからだ。
今日一日だけでも、その名前を呼ばせてほしい。そんなことを考えながら車に乗りこみ、さっそくイメージしていたものを実行させたわけだが、彼女の「旭さん」呼びの破壊力は俺の想像を遥かに超えていて、彼女が俺の名前を口にした瞬間、顔が熱くなるのを感じた。
なんだこれ。イメトレの意味。
取り繕う余裕もなく、こんな序盤で赤面してしまう始末。
“無”になるのは得意なはずなのに、これほどまでに表情を保てなかったことはない。
「なる…旭さんは、女性に免疫がないと仰ってましたが、実は慣れてます…?」
「どうしてそんなにも余裕そうなんですか」
余裕なんて、あるわけないだろ。
こっちだって必死なんだよ。
練習だとか、スパルタだと言って、本当は自分の欲を抑えられないだけだ。
頼むから、今日だけは俺のことだけを考えて。
俺を本物の恋人だと思って。
…なんて、格好悪くて言えるわけないけど。