つれない男女のウラの顔
子供に向けるその優しい表情に目を奪われた。もし花梨と結婚して、子供が生まれたら…と、またらしくないことを考えてしまった。
“嫁は可愛いぞ”“結婚はいいぞ”と自慢げに話す二輪の顔が頭に浮かぶ。愛妻家の二輪の惚気話を今までは適当に聞き流していたが、好きな女と結婚して、幸せそうにしている二輪が、いまは少し羨ましい。
男の子が俺達に手を振り、母親に手を引かれて店を出ていく後ろ姿を見つめながら“家族”に憧れを抱いている自分がいた。
この時間が終わらなければいいのに。
カフェを出て車に戻っている間も、どうにかして1秒でも長く一緒にいられないかと頭を回転させた。
もう少し練習しよう。連れて行きたい場所があるんだ。夜まで一緒にいてほしい。
どの言葉を選べばいいのかと考えていた矢先のことだった。
「まだ少し…練習不足かなって思ったり…」
花梨の紡いだ言葉に、息を呑んだ。
「俺も、まだ足りないと思ってた」
練習なんかどうでもいい。花梨と一緒にいる時間が足りないんだ。
少し遠回りをして、ご飯も食べて帰ろうと提案すれば、花梨は俯きがちで控えめに「…はい」と返事をした。
少し欲張り過ぎただろうか。さすがに詰め込み過ぎか?まぁ、撤回するつもりはないけど。
まだもう少し“京香”と“旭さん”の関係でいられる。思わずにやけそうになるのを我慢するため、隣の花梨に視線を向けないよう運転に集中した。
だからこの時、花梨が緩んだ口元と火照った顔を隠すために俯いていたことに、俺は気付かなかった。