つれない男女のウラの顔

生まれて初めて自分の恋バナをした。
いま目の前にいるのは成瀬さんじゃないのに“恋”という言葉を口にするだけでとてつもなく緊張した。


「ダメよ」

「え?」


けれど返ってきたのは意外な言葉だった。マイコなら喜んでくれると思っていたのに、彼女は喜ぶどころか険しい表情をしている。


「京香、絶対にダメよ。夢と現実を一緒にしちゃいけないの。推しに本気で恋をしたら病むわよ。芸能人は手の届かない場所にいるこの距離感がいいんだから」


どうやら私が芸能人に恋をしていると思っているらしい。マイコは矢継ぎ早にそう言うと、箸でパクチーを摘みながら「でも京香からそういう話が聞けて嬉しいわ」と呟いた。


「ごめんマイコ、違うの」

「何が違うの?芸能人への恋は…」

「芸能人じゃないの」

「…へ?」

「一般人だよ。引越し先の、隣の部屋の人」

「…………………」


───ガチの恋じゃない!!!
興奮して前のめりになりながら大きな声でそう発したマイコは、すぐにハッとすると一度咳払いをして気持ちを落ち着かせた。


「ちょ、え、なにそれ。どういうこと?いつの間にそんな面白い話になってたの?引っ越してからそんなに経ってなくない?」

「そうなんだけど、色々あって」

「その話もっと詳しく」


真顔で問い詰めてくるマイコに、私は全てを話した。といっても、相手が“成瀬さん”ということだけは伏せたけど。

相手が私と同じ秘密を持っていることも、鍵を紛失した際に一晩泊めてもらったことも、父の病気疑惑のことも、実家まで連れて行ってくれたことも、そして匠海くんとのデートのことも、そのデートのための練習に付き合ってもらったことも。
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