つれない男女のウラの顔
「──はい」
静かな玄関に、成瀬さんの低く落ち着いた声が響く。
相手の声は私には聞こえないけれど、程なくして、成瀬さんの表情が微かに険しくなったのが分かった。
「…一ノ瀬?」
その名前を聞いた瞬間、ドクン、と心臓が跳ねた。
どうやら電話の相手は一ノ瀬さんらしい。彼女の存在を忘れかけていたけれど、いま一番聞きたくなかった名前かもしれない。
成瀬さんに何の用だろう。もしかしてこないだの話の続きだろうか。
「悪いが、いま取り込み中なんだ」
切ってもいいか?──成瀬さんの口から淡々と紡がれた言葉に、ほっとしている自分がいた。
けれど、前回と同じく私がふたりの邪魔をしてしまっていることに罪悪感を抱いてしまう。
一度部屋に戻って出直した方がいいだろうかと迷っていると
「明日…?」
そう呟いた成瀬さんが眉を顰めたのを見て、思わず息を呑んだ。
「一ノ瀬、俺は……おい、聞けよ」
深い溜息を吐いた成瀬さんは、スマホをそっと耳から離した。通話が切れたのだろうか、成瀬さんはそのスマホをそのままポケットにしまった。
「…電話、終わりましたか?」
「終わった…というか、一方的に切られた」
今の会話、もしかして明日会う約束をしたのだろうか。約束というか、勝手に決められた感じはあるけど。
後で掛け直すのかな。それはそれでちょっと嫌だな。ていうか会ってほしくないな。でも成瀬さんと一ノ瀬さんって、並ぶと本当に絵になってお似合いなんだよな。
…うわ、なんかすごく気持ちが沈んできた。
「…待たせて悪かった。それで、渡したい物って…」
「え、と…」
“タイミングってすごく重要なんだから”
ふとマイコの言葉を思い出して、思わず口を噤んだ。
マイコさんどうしよう。完全にタイミングを失った気がする。