つれない男女のウラの顔

「これを…」


ラッピングしたお菓子をおずおずと差し出すと、成瀬さんは少し驚いたような表情をしつつも受け取ってくれた。透明のラッピング袋を覗いて、中のお菓子をまじまじと見つめている。


「これは花梨の手作り?」

「は、はい。お口に合うか分かりませんが…」

「凄いな。今日はずっとこれを?」

「はい…たくさん作り過ぎてしまったので、受け取ってもらえると助かります」


ばか。違うでしょ。
成瀬さんのために作ったって、なんで言えないの。


“正直言うと、彼女が転勤になると聞いた時、どこかホッとしてる自分がいた。やっぱり俺には、そういうのは向いてないんだよ”


こんな時に、どうしてあの日の言葉を思い出してしまったのだろう。

ついさっきまで告白する勢いだったのに。今は、気持ちを伝えても迷惑になるだけなんじゃないかと、怯んでいる自分がいる。

だって、恋愛に興味がないってハッキリ言われたし。ひとりが楽だって言ってたし。その方が仕事にも集中出来るって…。

もし断られたら、きっと今までのようにベランダで会えなくなるし、会社で成瀬さんのことを見かける度に、胸が苦しくなるだろう。

あぁ、もう。本当に意気地無し。こんな自分が嫌になる。


「…そうか。ありがとう、あとでゆっくりいただくよ」


優しく目を細めた成瀬さんに、きゅうっと胸が締め付けられた。

その笑顔は、私だけに向けてほしい。ほかの人には見せないで。


「あの、成瀬さん…」

「うん?」

「あ…明日…」


明日、一ノ瀬さんに会うの?もし告白されたら、何て返事をするの?

咄嗟に声を掛けてみたものの、告白も出来ない私に、そんなことを聞く勇気はなくて。


「…明日、上手くいくことを願っていてください」

「…当たり前だろ。協力したんだから」



こんなことが言いたかったわけじゃないのに───本当に私はバカだ。
< 219 / 314 >

この作品をシェア

pagetop