つれない男女のウラの顔


『私達、もう前のような関係には戻れないのかな』


前のような関係とは…?

4年前、一ノ瀬に思いを伝えられ、前向きに考えたこともあった。でも結局何もなく終わり、俺達は昔から“友人”止まりだ。

大学時代の友人の車で、一ノ瀬を含め数人で出掛けたことはあったが、ふたりきりで会ったことはない。一ノ瀬がこのアパートの場所を知っているのも、その友人が車で送ってくれたからで、彼女をこの部屋に入れたことはない。

一ノ瀬の言う“前のような関係”というのが、昔のように友人達とあの店に行って、そこで会話をするというものなら、戻れないこともないだろう。でも…


『私はずっと成瀬くんが忘れられなかった』


異性として見てほしいと言うのなら、話は別だ。


「…悪い。そういう目で一ノ瀬を見ることはできない」

『もちろん今すぐ付き合ってほしいなんて言わない。そんな簡単に手に入る人だと思っていないし、あなたのその冷静なところが好きだから。勢いだけで行動しない、周りに流されないところが…』


そんなことはない。花梨を前にすると、いつも衝動的になってしまう。取り繕う余裕がなくなって、自分が自分でいられなくなる。


「そんな男、他にもたくさんいるだろ。てか俺このあと予定があるから、そろそろ切っても…」

『もしかして、向こうで彼氏ができたこと怒ってる?』


怒る?そんな理由なんてどこにもないだろ。むしろそれで少しでも幸せな時間が過ごせたなら、それでよかったじゃないか。


『だから冷たいの?』

「…違う」

『だったらどうして?他に好きな人がいるとか?』


思わず息を呑んだ。言葉を詰まらせた俺に、一ノ瀬は『やっぱり』と呟く。


『……もしかして“京香”って人?』

「え?」


どうして一ノ瀬がその名前を知っている?

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