つれない男女のウラの顔
一ノ瀬は呆れたように『理解できない』と呟くと、深い溜息を吐いた。
確かに、格好つけていると言われたらそうなのかもしれない。でも…
「相手は一応部下だぞ。俺が強く言えば、それに従おうとするに決まってる。俺のわがままで振り回すわけにはいかないだろ」
『言い訳にしか聞こえないわ。結局そうやって相手に委ねて、自分を守っているんでしょ』
一ノ瀬の言葉が胸に突き刺さった。何も言い返せない俺に、一ノ瀬は続けて口を開く。
『あの時、何となく成瀬くんと付き合えそうな気がしてた。私が告白してから、成瀬くんの私に対する態度が少しずつ変わってることにも気付いてた。でもその直後に内示が出て、成瀬くんに一番に報告した。その時あなたは…』
あの時というのは、4年前のことだろうか。一ノ瀬は喋るのを止めると、一度小さく息を吐いてから『成瀬くん、まさかその京香って子にも“独身のままでいたい”って話をしたの?』と唐突に尋ねてきた。
「ああ、したよ」
『なるほどね。だからそんな面倒なことになってんのね』
「?言ってることの意味が…」
『4年前、私が成瀬くんに思いを伝えたのは、独身でいることを望むあなたの考えを変えようとしたから』
「……」
『自分の気持ちを伝えるのは誰だって怖いのよ。今までの関係がなくなるかもと思ったら、動けなくなるのが普通なの。でもね成瀬くん、言わなきゃ何も伝わらないよ。特にあなたみたいな、感情を表に出さない人は』
一ノ瀬の言う通りだ。何も言い返せない自分が情けない。
こうして部屋で彼女のことばかり考えるくらいなら、気持ちを伝えてしまえばいい。言わないと絶対に伝わらない。でもそれが出来ない一番の理由は、上司だからとかではなく、一歩踏み出す勇気がないからだ。
“素直になんねえと、すぐ他の男にとられるぞー”
二輪が頭の中でずっと喋っている。
分かっていたはずなのに、花梨はいま他の男と一緒にいる。
動くなら今しかない。手遅れになる前に。