つれない男女のウラの顔
「あんなに張り切っていたのに…まさか練習の成果が出なかったか?」
「違います。出来なかったんじゃなくて、しなかったんです」
どういう意味だ?と首を傾げる成瀬さんの目を、真っ直ぐ見つめた。
「他に好きな人がいるからです」
──もう迷いなんてなかった。
成瀬さんの瞳が大きく開いた。
好きな人がいると宣言しただけなのに、色んな感情が込み上げてきて鼻の奥がツンとした。今にも溢れそうな涙を必死で堪えながら、ゆっくりと口を開いた。
「叶わない恋かもしれないけど、自分の気持ちを大事にしたくて、ここに戻ってきました」
「叶わない…?」
「その人は一生独身を貫くことを決めていて、女性にあまり興味がなくて。だから恋愛する気もなさそうだし、誰かと一緒に住むのも考えられないほど結婚願望がなくて」
「……」
「だけどすごく優しい人で、無愛想って言われるけど実はよく笑うし、塩対応って言われているけど私の無茶なお願いもきいてくれる。クールに見えて、裏の顔は赤面しちゃうような人で、私が困っている時は助けてくれるあたたかい心の持ち主で…」
時折嗚咽を漏らしながら、気持ちが全て伝わるように思っていることをひとつひとつ丁寧に並べた。
最後の一言を言うまでは泣かないと決めているのに、視界がどんどん滲んでいく。
「両親を安心させてあげるためにも、早くいい人を見つけなきゃって思ってたんですけど、でも他の人じゃだめなんです。その人のことが頭から離れなくて、その人の隣にずっといたいって、強く願ってしまって…」
「……花梨、それって…」
彼はもう、私の気持ちに気付いているだろう。ぼやけた視界の先で、成瀬さんが優しく目を細めたのが分かった。
「…成瀬さん、私はあなたのことが…」
───好きです。
そう言葉にしようとしたけれど、ふいに落ちてきた影に思わず息を呑み、その直後に唇を奪われ、声にはならなかった。
そっと唇が重なり、その熱はすぐになくなった。至近距離で視線が絡むと、彼は静かに口を開いた。
「───花梨が好きだ」