つれない男女のウラの顔
私が言うはずだった言葉を先に口にしたのは、なぜか成瀬さんの方だった。
夢のような出来事に、一瞬思考が停止した。
ずっと彼を求めていたはずなのに、いざその言葉をもらっても実感が湧かなかった。
けれど身体は理解しているのか、堰を切ったように涙が溢れ出した。
「本当ですか…?」
「うん、本当」
頷いた成瀬さんは、私の涙を親指で拭うと、そのまま強く私を抱き締めた。
「本当は幼なじみのところになんか行ってほしくなかった。あの練習も、俺が花梨のそばにいたかっただけだ。手を繋いだのも、キスをしたのも、特訓なんてただの口実で、全部俺の意思だった。花梨をそばに感じたくて、とにかく必死で…」
「…余裕そうにしてたのに…」
「余裕なんてあるわけないだろ。花梨を前にすると自分が自分じゃいられなくなる。こんなの初めてで、自分でもどうすればいいのか分からなかった」
成瀬さんは私の気持ちに応えるように、自分の気持ちを伝えてくれた。それが嬉しくて、彼を受け止めるようにぎゅっと強く抱き締め返した。
「成瀬さんの気持ちに全然気付けなくてごめんなさい。私も、あの日のデートを“練習”にしたくはなかったです。叶わない恋だと思っていたから、思い出が作りたくて…」
「あの日、俺がちゃんと伝えていたらよかったな。待たせて悪かった」
「いま伝えてくれたので充分です。ありがとうございます。私いま、すごく幸せです」
ねえ成瀬さん──と名前を呼びながら顔を上げた。上目がちで彼を捉えると、涙で頬を濡らしながらも精一杯の笑顔を作った。
「私も成瀬さんが好きです」
さっき言わせてもらえなかった言葉を、今度こそはっきり伝えた。
「成瀬さんの彼女にしてもらえますか?」
続けてそう言うと、成瀬さんは顔を綻ばせながら頷いた。
そして、私を「京香」と呼んだ彼は、再び私の唇にキスを落とした。