つれない男女のウラの顔
「あの…旭、さん」
控えめに放たれた言葉に、思わず心臓が跳ねた。
久しぶりの名前呼びは、相変わらず破壊力が凄まじかった。
そんな俺を余所に、花梨がゆっくりと俺の頭に向けて手を伸ばしてくる。その手がそっと俺の髪を撫でると、花梨は心配そうに眉を下げた。
「髪も服も濡れていて、風邪を引きそうで心配です。着替えなくて大丈夫ですか…?」
そうだ、すっかり忘れていた。雨に打たれたのはほんの少しの時間だったが、まあまあ濡れている。若干肌寒さも感じるし、こんな格好のまま花梨に触れるのは申し訳ない気がした。
「そうだな、一緒に俺の部屋に移動しようか」
「えっ…お邪魔していいんですか?」
「むしろ来てもらわないと困る。やっと会えたんだ、まだ離したくはない」
小っ恥ずかしい台詞が、ポロッと口から出た。思わず赤面する俺を見た花梨の頬も、あっという間に赤く染まった。
「嬉しい…私もまだ一緒にいたいと思ってました」
上目がちに破顔した彼女を見て、俺の体温は更に上昇した。
なんだこの可愛い生き物は。思いが通じあったせいか、一週間前の“練習”の時より更に可愛く見える。笑顔が眩しすぎて、もはや直視するのも難しい。
「…とりあえず行こうか」
花梨を腕の中から解放した俺は、平静を装いながら今度はその手を取った。花梨の長くて綺麗な指に自分の指を絡めると、その手は俺の手を握り返してくれた。
「なんだか夢みたい」
俺もいま、同じことを思っていた。こんな未来は想像していなかったから。