つれない男女のウラの顔

成瀬さんの拗ねた顔なんて初めて見た。いつも落ち着いていて大人っぽいイメージだから意外だ。こんな表情もするんだ。

匠海くんの名前を出すだけで嫌な気持ちにさせてしまうとは思わなかった。でもよく考えると、成瀬さんが一ノ瀬さんの話ばかりしていたら私も嫌かも。

でもそれは、私が成瀬さんを大好きだからで…てことは、成瀬さんもそれくらい私のことを想ってくれているということなのか。

正直、まだ信じられないな。あの成瀬さんが私を好きだなんて。一体いつから私を想ってくれていたのだろう。


「旭さんは…その、いつから私のことを…?」


もじもじしながら問いかけると、カップケーキを食べていた彼の手が止まった。


「いつから…と言われたら、ハッキリとは分からないが。自覚したのは、1週間前だった気がする」


それってもしかして、練習(・・)のあたりだろうか。だとしたら私と同じだ。
私達は思い合っていながらも、お互い気持ちを伝えられないままあの日を過ごしていたのかも。

なんて不器用なデートだったのだろう。


「でもよく考えると、ずっと前から京香のことが気になっていたのかもしれない」

「ずっと前…?」

「京香が入社式してきた時、綺麗な名前の子がいるなと思ったんだ。その後に京香の顔を見て、名前に負けないくらい綺麗だと思った。それが第一印象」


入社式なんて、もう何年も前の話なのに。その頃から私のことを認識してくれていたなんて知らなかった。私はもちろん成瀬さんのことを知っていたけど、それは社内で成瀬さんを知らない人がいないほど有名な人だからで、私なんて影の薄い地味な社員なのに。


「…だから、私の下の名前をご存知だったんですね」


“花梨 京香だろ。知ってるよ。綺麗な名前だなって、ずっと思ってたから”


初めて下の名前を呼んでくれた日のあの言葉は、そういう意味だったんだ。

綺麗な名前か……嬉しいな。父と母に伝えたら、きっと喜ぶだろうな。



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