つれない男女のウラの顔

「なあ二輪」


こいつに訊いて、なにか学べるものはあるのか?そう思いながらも気付いた時には声を掛けていた。

本来なら大学時代の友人に助けを求めるべきなのだろうが、わざわざ連絡をするのも気が引ける。それに二輪は夫婦関係が上手くいっているようだし、なにかの参考にはなるかもしれない。


「…奥さんは、元気か?」


さすがに突拍子もなく「付き合い始めてすぐに手を出したのか?」とは訊けず、当たり障りのない言葉を投げかけると、突如二輪の顔がぱあっと明るくなった。

やばい、やっぱ質問内容間違えたかも。


「めっちゃ元気。毎日輝いてる。日に日に可愛さが増して、もう俺の心臓がもたないかもしれない。そろそろ限界。もはや毎日限界突破してる」

「…へえ」

「でも生きてなきゃ嫁に会えないからな。殺されても死なないぞ俺は。あ、でも嫁より先に死にたい。嫁のいない世界なんて肉の入っていないすき焼きと同じだからな」

「…へえ」


うん、やっぱ間違えてたわ。惚気のマシンガントークが始まった。もうゴールにたどり着ける気がしない。

いや、耐えろ。花梨と上手くやっていくためにも、ここで向き合わなければ。


「その奥さんとは…何歳の時に付き合った?」

「…え、まじで今日の成瀬どうした?今まで散々興味なさそうにしてたのに。雪が降るんじゃね?」

「いいから質問に答えろよ」


口に手を当ててニヤニヤしている二輪を一蹴する。てか興味ないことに気付いていながら敢えて惚気けてたのか。なんてメンタルだ。


「いいぞ、特別に教えてやろう。えっと、付き合ったのは25歳の時。でも恋に落ちたのは5歳だったかな。はぁ、あの時からサキは天使だった」


“サキ”というのは二輪の奥さんのことで、奴は本気の惚気モードになると“嫁”から“サキ”になる。

てか片思い期間、長すぎないか?想像以上の溺愛ぶりに唖然とした。

それにしても25歳か…それだけ長い間片思いしていた相手と付き合えたんだ。二輪はすぐに手を出したに違いない。


「もう付き合えた時は幸せ過ぎて死ぬかと思ったなあ。実はサキも俺のことを好きでいてくれてたらしいんだけど、俺ってば全然気付かなくて」


気付かない気持ちは何となく分かる気がする。俺もそうだったから。…って、初めて二輪に共感出来たぞ。本気で雪が降るんじゃないか。


「でも大事過ぎて、最初は全く手が出せなかったなあ。あー懐かしい」


……え、本気で?


「初キッスは付き合ってから3ヶ月後」


は?


「その先なんて、初キッスからまた3ヶ月後なんだぜ。うはーーー!ピュア!俺っていい男!」


───嘘…だろ?


もしかして俺は、手を出すのが早すぎたのか?キスなんか付き合う前にしてしまったんだが。しかも、何度も。


「まぁでも、もっとがっついて欲しかったって後で言われちゃったけどな!俺ってばこう見えてめちゃくちゃ奥手だから!……って、聞いてる?」

「………」

「おーい、成瀬ー!」


───やばい。普通に落ち込む。


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