つれない男女のウラの顔

どうする?急いで部屋に逃げる?それとも話しかけてみる?それともそれとも、息を殺してこのま気配を消す?


「お疲れ様です…」


悩みに悩んで出した答えは“声をかけてみる”だった。部屋を仕切る壁から覗き込むように少しだけ顔を出すと、私を捉えた彼が「うわ」と小声で呟き、小さく肩を揺らした。

ベランダのフェンスに手を預け外を眺めていた彼の手には、缶ビールが握られている。


「さすがに不気味過ぎないか」


横目でこちらを一瞥した彼と目が合って、慌てて顔を引っ込めた。

顔が熱い。恐らく赤面してる。


「す、すみません。ここでプチトマトを見ていたら成瀬さんが出てきたので、一応ご挨拶をと思いまして…」

「プチトマト?」

「はい、家庭菜園ってやつです。あ、ご迷惑でなければお裾分けしてもいいですか?たくさん 収穫できたので」


緊張のせいか、少しお喋りになってしまう。だけどベランダから見える景色を眺めながら言葉を紡ぐと、少しだけ心が落ち着いた。

相手の目を見ながらだと緊張する一方だけど、壁が1枚あるだけで全然違う。覗き込まない限り目は合わないし、この赤い顔もバレないから。


「トマトはお好きですか?」

「好物でもないけど、食べられる」

「ベジタリアンってわけじゃないのか…」

「え?」

「いえ、こっちの話です。それより、食べられるのなら是非受け取ってください。まだ冷蔵庫にもたくさんあって消費に困ってて…」


壁を避けながら「どうぞ」とボウルごと隣の部屋の方へ差し出す。「多いな」と一言呟いた成瀬さんが、微かに笑った気がした。

もしかして空気が和んでる?もっと打ち解けられたら、秘密の悩みのことも話せるかな。


「トマトって、私達の顔みたいで親近感沸きますよね…なんちゃって」

「………」



消 え た い 。


< 29 / 314 >

この作品をシェア

pagetop