つれない男女のウラの顔

失敗した。完全に調子に乗った。出来ることなら時を戻したい。壁があって本当によかった。

返事がないことにガクッと肩を落としていると、突如「ふっ」と小さく吹き出すような声が鼓膜を揺らした。

もしかして笑った…?


「もう少しクールなやつかと思ってた」

「え…」

「リンゴとかトマトとか、なんだそのギャグ」

「ギャ…?!いや、くだらないですよね。すみません、聞き流してください」

「別にいいけど、そういうこと言うタイプなんだと思って」


──少し驚いた。そう続けた彼は、プチトマトの入ったボウルを受け取ると「ありがたくいただこうかな」と穏やかに紡いだ。


驚いたのは私の方だ。冷たい人だと思っていたのに、イメージと全然違った。低く掠れた声は心地いいし、塩対応どころかギャグ(?)も受け入れてくれる。

実はとても優しい人なのかも。


「ビールがお好きなんですか」

「え?」

「いや、あの、さっきチラッと見えたので。よくこうしてベランダでお酒飲んでるのかなーと思いまして」


調子に乗って踏み込み過ぎたかな、と不安にったけど、成瀬さんは「たまにな。酒は一応何でも飲めるけど、これが冷蔵庫にあったから」と普通に返してくれた。


私いま、あの成瀬さんと会話してるんだ。なんだか不思議な気分。


「お酒飲みながら何を考えてるんですか?やっぱり仕事のこと?」


それとも、その“裏の顔”のこと?


「どうせ仕事のことを考えてるって答えたら、さすが“研究にしか興味のない変態”って言うんだろ」

「えっ、いやそういうつもりでは…」


ビックリした。まさか成瀬さんの口からその言葉が出てくるとは思わなかった。

どうやら自虐ネタも言うらしい。またひとつ、成瀬さんの意外な一面を知ってしまった。
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