つれない男女のウラの顔
「え…?」
口から出たのは、私の本音だ。さっき、たまにベランダでお酒を飲んでいると言っていたから、出来ることならまた成瀬さんと話がしたいと思ったから。
けれど彼の戸惑いを孕んだ声でハッとした。
もしかしてこれ、ナンパみたいになってる?
よりによって、女を寄せ付けないことで有名な成瀬さんに、私ったらなんて思い切った発言を…。
「あっ、やっ、その、またトマトを受け取ってもらえると大変助かるなーと思いまして」
馬鹿だ。言い訳が苦しすぎる。恥ずかしすぎて頭から湯気が出そうだ。
私は成瀬さんに何度失態を晒せば気が済むのだろう。
「…俺もそんなにトマトばかりは食べられないが」
「で、ですよね…すみません今の発言は気にしなくて…」
「でもまあ、いつでも話しかけてもらって構わない」
「………へ?」
今の、本当に成瀬さんから出た言葉?一体何が起きているの?
塩対応どころか、むしろお砂糖なんですけど。
「その代わり、不気味な声の掛け方は控えてもらえると助かる」
「それは…もちろんです…」
「じゃあ俺は入るよ」
「はい。おやすみなさい」
壁があるから、彼の姿は見えないけれど。窓が閉まる音で、成瀬さんが中に入ったのが分かった。
──なんだか夢のような時間だったな。
相変わらず心臓はドキドキしているけれど、どこか気持ちは穏やかだ。
そっと自分の頬に触れると、案の定そこは熱を帯びていた。
いつもの私ならここで溜息を吐くけれど、なぜか今は、この熱が少しだけ愛しく思えた。