つれない男女のウラの顔
まぁそのあと私の顔は案の定真っ赤になったわけだけど。そんなことがあったせいか今日一日仕事に身が入らなくて、結局残業する羽目になり、今に至る。
「分かりました。お先に失礼します」
井上主任に頭を下げてから、慌てて立ち上がりロッカールームへ向かう。自然と早足になるのは、なんとなく嫌な予感がするから。
猛スピードで着替えを済ませ、通用口に急いだ。扉を開け真っ先に空を見上げると、今にも雨が降り出しそうな真っ黒な雲が一面に広がっていた。
最悪なことに傘を持っていない。どうしてこんな日に限って残業をしてしまったのだろう。
(走れば間に合うかな)
バッグの肩紐をぎゅっと握り締めた時、ふと頭に浮かんだのはなぜか成瀬さんの顔だった。こんな時でさえ彼を思い出してしまうなんて、今日の私は本当におかしい。
(成瀬さんはまだ残業中だろうか。研究開発部はいつも忙しそうだし。成瀬さんが帰る頃にはきっと土砂降りだけど、傘は持ってるのかな……って、人の心配してる場合じゃなかった)
今度こそ駅に向かって走り出そうとした、その時だった。
「──花梨さん、お疲れ様」
ふいに声を掛けられ、弾かれたように振り返った。
「…お疲れ様です」
声の主を捉え、とりあえず返事をしてみたけれど、思わずキョトンとしてしまう。声を掛けてきたのは、普段全く接点のない男性社員だったから。
確かこの人は資材部の…えっと、名前はなんだっけ。
「雨が降りそうだけど、傘はある?予報だと結構荒れるみたいだよ」
「えっ……と……はい、あります」
咄嗟に嘘をついた。そう答えれば、すぐに解放してくれると思ったから。
この空を見たら、天気が荒れそうなのはなんとなく予想出来る。こんなところで足止めを食らっている場合じゃない。とにかく一刻も早く帰りたい。